銀魂 長編

□第二十一話
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近藤は荒れた留置所の前で佇んでいた。昨日の襲撃の後が、各地に生々しく残っている。


留置所の入り口は鍵が壊され、床には大きな血痕が残っていた。屯所の敷地は地面に幾つもの足跡が残り、柱や門柱に刀傷が増えた。


交戦による怪我人は多数出た。4人出た意識不明者のうち、1人は生死をさ迷う大重体だ。


情けない。主力の2人が欠けていたとはいえ、敵の侵入を許し、あまつさえ拉致される隊士を黙って見送ることしかできなかったとは。


いくら容疑者だったとしても、仲間は仲間。「あの時どうにかできなかったんだろうか」という悔しい雰囲気が隊内に蔓延していた。


「局長」


その時、近藤はハッと我に返った。隣には、暗い顔をした山崎が立っている。


どうした、と問えば、彼の口が重たそうに開いた。


「ーーー1番隊の佐藤、死亡を確認しました。他の意識不明者3名は、今朝目覚めたそうです」


「ーーーそうか」


多数の怪我人、1人の死亡者。今回の被害はとても大きなものだ。


山崎も近藤と同じように、昨日襲撃によって形を失った扉を見つめた。2人は沈痛な面持ちで手を合わせ、ここで身命を賭した仲間を悼む。


しばらくそうしたあとで、山崎はぽつりと呟いた。


「ここ最近……、瑠璃ちゃんの様子、おかしくなかったですか? 」


近藤は「ああ」と頷いた。この屯所内で全ての人に同じ質問をすれば、きっとみんなが近藤と同じ答えを出すだろう。


「トシや総悟がいない環境に不安を感じていると思っていたが、それにしても不自然だった。山崎、お前何か知らないか? 」


「知ってる……とは言いがたいです。でも、1つ思い当たることが」


山崎は語った。瑠璃がはっきり「迷惑」だと語ったあの日のことを。


その日からだろうか? 瑠璃の馴れ合いを不要とする態度は顕著に現れた。


近藤自身何度も見ていた。積極的に話しかけては、そっけなくあしらわれる山崎や誰かの姿を。


そして、いつの間にか見なくなった。瑠璃の隣に並ぶ山崎や、山崎ではない誰かを。


瑠璃は、いつも1人で歩いていた。それは彼女が望んだことであったと、今始めて知った。


「俺、分からないんです。瑠璃ちゃんに何して嫌われたか」


「それは、本人が言っていたんだろう? 」


「嫌うのに理由がない? まさか、あの子の場合、ほぼ確実に嘘ですよ。だってあの子、いつも丁寧に教えてくれましたもん」


あの日、言ってしまいたかった。理由がないなんて嘘だろう? 何を隠しているんだと。


彼女は誠実だ。英語が苦手であることを、朝稽古を続ける理由を、仕事が遅れたならその原因を、いつも理由と合わせて語ってくれた。


だから山崎はあの日、違和感を感じた。理由がない、と彼女が語ったことに対して。


こういうことをされたから、あの時ああだったから、などという理由を述べたなら違和感を感じなかっただろう。


だが、彼女が語ったのは「嫌になったから」という抽象的なものだった。いつも根拠と共に意思表示をする彼女が、何故今回に限ってそれをしなかったのか疑問であった。


問いただしたくても出来なかったのは、彼女の言葉に自分が傷ついたからだ。拒絶の言葉を浴びせられることに恐れ、逃げ出したのだ。


「絶対何かあります。あの子はたぶん、何かの思惑に巻き込まれたのかも。俺たちを裏切ったのは、そのせいで……」


そうでなければ、昨日彼女が屯所に戻るはずがない。


瑠衣は語った。沙弥と親密にしていたところを瑠璃が目撃し、嫉妬したと。怒れる瑠璃は癒着した浪士を使い、家出の原因となった父の元へ送り返そうとしていたのだと。


だが、それならば瑠璃は計画の成功を近くで見守るはずだ。無事に成功してから何食わぬ顔で帰宅することが出来たはず。


それなのに、瑠璃は屯所に戻った。沙弥と先程まで会っていたと、疑惑を確信に変えてしまうようなアリバイも語った。


何もかもがおかしい、まるで突発的な犯行である。


「連れ去られる間際の行動も気になるな」


近藤は思い浮かべた。浪士に抵抗し、喉を刃で裂いた姿を。


演技であったとして、あれは必要ではない。彼ら浪士が仲間であるなら、あのまま大人しくしていればよかったはずだ。


何故暴れ、身を傷つけた? あの時暴れたのは、真選組の荷になりたくないという意志表示ではないのか。


考えても、分からない。頭を悩ませていたその時、新たな知らせを仲間が運んだ。


宮本沙弥が、意識不明の重体であると。
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