銀魂 長編

□第七話
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「その目、やめてっ……ほしいん、ですが……」


瑠璃は奥歯に力を入れた。ギリッ、と歯が軋む音がする。


フラッシュバックした。冷たい眼差しも、心ない言葉も、荒い口調も、痛いと叫んだ記憶も。


ようやく地獄を抜け出したはず、それなのに、今も足を掴む者がいる。そんな気分だ。


「勝手に……私のこと、見定めた気に……ならないでっ……」


強い感情を持った時、不思議と力が湧いてくる。瑠璃は、力任せに沙弥のことを押しきった。


不意を突かれ、驚く沙弥。そんな彼女に頭突きをかまし、瑠璃は彼女の下から抜け出した。


沙弥は膝立ちになり、鼻を押さえて悶えた。痛い、と呻く彼女を見下ろして立つ瑠璃は、ある物を見つけた。


彼女のうなじに皿が結びつけられている。


皿を割れば、戦わなくていい。そのルールを思い出し、瑠璃は木刀を握り直す。


「お皿、割らせていただきます」


「絶対やだ。私、負けたくないもん」


そう言うと、沙弥は笑って瑠璃を見た。


彼女はまた、獲物を狩るような目付きに戻っている。どうやら"期待外れ"という言葉は撤回してくれるようだ。


「もう遊ぼうなんて思ってないよ。全身の骨バッキバキにして、私が病院送りにした人10号にしてあげる」


「……それ、たぶん不可能です」


診断を受けたわけではないので、折った"かもしれない"というのが正しいが、瑠璃は幼い頃に骨を折ったことがある。


右腕の、1番しっかりした骨だった。階段から蹴り落とされ、うっかり折れてしまったと記憶している。


痛みが引くのには3時間かかったが、治るのは一瞬だった。その時、骨は10分ほどで完璧にくっついたはずだ。


その記憶があるから、瑠璃は「不可能」だと言った。しかし、沙弥はもちろんそんなことを知らない。


瑠璃の言葉は、彼女の怒りを買った。眉をひそめ、彼女は瑠璃を睨んだ。


「私、不可能とか無理とか言われたら火がつくタイプなんだよね。決めたよ、如月さんのこと、絶対入院させる」


瑠璃は、沙弥の癇に触るようなことを言った覚えがない。何故怒っているのだろうかと考えながら、「ごめんなさい」と謝った。


しかし、返事はなかった。その代わり、彼女は木刀を構える。


「まずはその手! お箸持てなくしてあげる!!」


沙弥は瑠璃の左手に狙いを定め、木刀を振り下ろした。それを瑠璃が受け止め、小さな声で呟く。


「私……右利きです」


「どーでもいいわよ、そんなの! 例えで言ったことにつっこまないでよ、鬱陶しいなあ!!」


その声と一緒に、脇腹に衝撃が走る。なぎ倒されたのだと理解したのは、背中を硬いものにぶつけた時だ。


瑠璃は吹き飛ばされていた。 元いた位置から見て、3メートルほど離れていた木に。


深呼吸をして、無理矢理息を整えようとした。木に背中を預けながら、ゆっくり立ち上がる。


背中が痛い。しかし、それ以上に痛いのは脇腹だった。


木刀が叩きつけられたそこを撫でてみる。そこから、波紋のようにじわじわと熱や痛みが周囲に広がっていく。


「い、ったい……」


呟きながら、瑠璃は膝を伸ばす。再び構え、今度は瑠璃から仕掛けた。


真っ直ぐ、沙弥に向かって走る。狙うのはただ一点だけだ。


彼女の後ろに回り込み、うなじにある皿を割る。それだけが瑠璃の狙いだった。
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