銀魂 長編
□第九話
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「よし、ばっちり! ニコマヨさーんっ、入っていいですよー!!」
一瞬の間を置いて障子が開いた。苦い顔をした土方が、沙弥を見やる。
「そのふざけたあだ名はなんだ」
「煙草吸うみたいだから、ニコチン。マヨラーだから、マヨ。年上だから、さん。合体してニコマヨさんでしょ? 」
「よし、よく分かった。今すぐやめろ」
えーっ、と不満の声を漏らす沙弥に、瑠璃がそっと呼びかける。
すると、沙弥は元気よく返事をしてにっこり笑った。前髪で隠れている瑠璃の目を見ようと、少し首を傾けて覗き込んでいる。
「ふくっ、……こちらの土方さんは、私の大切な恩人です。だから、嫌がってることは、絶対しちゃだめ……です」
「はい、もちろん! 瑠璃様が、瑠璃様"が"っ、言うなら、従うしかありませんから!!」
「おい、お前喧嘩売ってんのか?」
売ってない、と沙弥はいたずらっぽく笑う。年齢だけでなく、癇に触る所まで沖田と一緒な少女だと土方は思った。
しかし、ここで言い返すのは大人げない。さらに言えば、困っている瑠璃をもっと困らせることになってしまう。
ここは大人として聞き流してやろうと、土方は吐息1つで許してやった。
「そんなことより、何か言うことあるでしょ? この美しすぎる瑠璃様に」
「あ? おお、似合ってるな。いいと思う」
なんと褒めればいいのか、気の利いた言葉は出てこなかった。なので土方は思った通りに、シンプルな言葉で褒めてみた。
しかし、瑠璃はそれでも嬉しかったようだ。
「そんな、勿体ない……。でも、嬉しいです。ありがとうございます、沙弥さん、副長」
足元がそわそわと落ち着かないのは、きっと慣れない褒め言葉がくすぐったいからだ。
そんな様子が可愛く見えて、沙弥は口元を緩ませる。
「なんか、七五三見てる気分っ……! なんでそんなに可愛いんですか? 瑠璃様っ!!」
「しちごさん……? 誰……??」
「え、そういうボケ言っちゃうタイプですかっ!? かっわいい〜!!」
沙弥は瑠璃に抱きついた。まるで、子犬が飼い主にじゃれつくように。
またしても、瑠璃が慣れないことだった。望んで距離を縮めてくるこの少女に、どんな態度を取ればいいか分からない。
瑠璃は戸惑い、土方を見た。だが、土方は穏やかな顔でこちらを見るだけだ。
「よかったじゃねぇか、友達ができて」
友達なんだろうか?と瑠璃は首を傾けた。
沙弥は確かに、このように歩み寄ってくれる。しかしお互い、まだまだ相手のことを何も知らない。それに、瑠璃は沙弥にあの体質のことを隠し通すつもりだ。
そんな自分たちは友達なんだろうか?考えずにはいられなくて、瑠璃は目を細めた。
「それより瑠璃、式の時くらいは前髪をどうにかしろ」
「あー、確かに。せっかくの美人が台無しですもんね。私、切りましょうか?」
瑠璃は首を横に振った。人と目を合わせるのは、まだ恐ろしいからだ。
「じゃあ、この前と同じくピンで留めましょうか」
沙弥は慣れた手付きで瑠璃の前髪をかき分け、黒いピンで固定した。
顔がはっきりと見える髪型をすると、やはり少し落ち着かない。瑠璃は横髪を指先でくるくると弄んだ。
しかし、本人以外には好評だ。土方も沙弥も、こっちの方がいいと今の髪型を褒める。
「そんなこと」
ない、と言いかけた。しかし、2人の目を見れば、その感想が本心であることは明白だった。
本人と他人では、意見が違う。
それは当たり前のことだ。他人が好意的な言葉をくれるのであれば、それを否定するのは間違っている。
瑠璃は言いかけた言葉を飲み込んで、代わりに「ありがとうございます」と一言呟いた。