short+story

□夜と月の花束
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月が夜空に滲むようにして光っていた。
街灯もついていないのに明るい夜道を1人の男が歩いていた。
誰もいない道に響く足音の主、それは土方だった。白い煙が空高くのぼっていく。
(ここらへんか。)
土方はふと、ある公園の前で足をとめた。
この公園もまた月光に照らされている。錆びたブランコ、誰かが忘れていった小さな手袋、穴がたくさんあいた砂浜。
(なんも変わんねーな。)
安心したように煙草の煙をはき、鞄を置くと、小さなベンチに腰をおろした。すこし軋む音がする。
恐ろしく静かな、午後11時の公園。
ゆっくりと目を閉じる。
ここにきたのは1年ぶりだろうか。最後に彼女と来た場所だった。
(結婚記念品に死んじまうたぁなぁ。)
公園に残る彼女の記憶。いっぺんに処理しきれないほどの思い出が頭のなかに入ってくる。

∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴

「おい、馬鹿言ってんじゃねえぞ。」
「だって、せっかくの記念日でしょ。私、外にでたいわ。」
土方の反対を押し切って、むりやり体を起こすミツバ。といっても車椅子だが。
病院からイチバン近い公園にはコスモスが沢山生えて、まるでジュウタンのようだった。日もくれているせいか、だれもいない。
「十四郎さん」
小さな声で彼女がいう。
車椅子をとめた。
コスモスの匂いがあたりをみたしていた。
チラッと彼女の顔をみる。
泣いていた。
「おい。」
「ごめんなさい••••」静かに涙を流しながら言う。
「十四郎さん。」しばらくしてまたよばれた。
「ありがとう。」
「••••••おう。」
ありがとう、なんていわないで欲しかった。まるで今から彼女が消えてしまいそうで。
「私、幸せだった。」
「••••••••••」
「あなたに会えて。」
「••••めろ」
「みんなに会えて「やめろ」
思わず話を遮った。
消えてほしくない。
そんなこというな。
消えるな。
消えるな••••
「好きだ」
感情が混ざって、やっと言えた言葉。酷く冷たい声だっただろう。
「十四郎さ•••••」
彼女の声をとめた。もう何も言わせなかった。冷たく、温かく、甘く、苦く、時が流れた。
その日の深夜、蛍の光が消えた。
∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴

「ミツバ」
口に出すと。心に穴が開いた。
彼女を忘れることは誓ってない。
例えそれが自分に鎖をつけているとしても。
蛍のように儚く、淡い、彼女。
夜と月の花束を。。。。。

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