みづのながれ/天上の焔
□冷たい頬
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今夜は孔明を劉備の陣へ歓迎する宴が開かれた。劉備はもちろん、劉備の義兄弟である関羽、張飛、主たる武将たちが加わって、しかし軍師ひとりを迎えるには少々派手な騒ぎようだった。皆我が主が三顧の礼という稀に見る待遇で連れてきた漢がどのような漢か興味深々であったのも確かだが、ここ最近気持ちの浮くような話もない陣中で、楽しく酒を呑む口実が生まれたからともいえる。
「さぁ先生!今日はたくさん飲んでくれ!」
この「飲め飲め」とは仲間との友情と主君への忠義の証を「見せてみろ」と同義である。そういうわけで孔明も勧められるまま飲み続けるが、次から次へ押し寄せ、絶えず酒を注ぎまくる酒豪相手に、酒を人並みにたしなむ程度の孔明では敵うはずもない。すっかり酔ってしまった孔明を見て、酒が入っていつになく機嫌のいい関羽と張飛が豪快に笑った。
「兄者。孔明先生はすっかり酔いつぶれてなさるぞ。これで戦などできるだろうか。ははは。」
「そうだ、そうだ。」
劉備も酒が入って気持ちよくなってきたところ、しかし冷静に二人をたしなめた。
「弟たちよ。孔明は武人ではない。これまで我らが武芸を磨いている間に、歴史や兵法に通じ今の我らにとってもっとも必要な知識を学ばれてきたのだ。武に秀でた我らと孔明が共におれば敵うものはない。戦う武器は違えど、先生は我らの戦の守り神となろう。そしてお前たちはそれをきっと思い知る。」
ふたりがまだ世に名を上げていない若者のもとを熱心に訪れる義兄に不満を訴えるたび、劉備は何度もこのように説明した。「そんなら早く見せてほしいものだ、孔明の実力とやらを。戦が起きねぇかなぁ。」と相変わらず酒をがぶがぶ飲む張飛の横で、関羽もうなずいた。劉備は呆れたようにため息をついた。
「戦はいつでも迫っている。気を抜いているお前たちの方が心配だぞ。・・・それより大丈夫か、先生。本当に酔っておられるようだ。」
「まったくその通りです。」背を丸め脈打つ額を手で押さえた孔明は、力なく笑った。「今宵はこれにて下がりましょう。これ以上醜態をさらしては殿の眼鏡違いとそしられてしまう。」
酒好きの張飛は宴がお開きになるのが嫌で「まだ酒はたくさん残っているぞ。」とこれに食いついたが、劉備が制した。
「孔明、休んでよい。酒はまた次だ。」
両手を組んで礼をすると、おぼつかぬ足どりで孔明はその場をあとにした。
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