みづのながれ/天上の焔
□紅蓮の炎
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劉備の陣営に入り、日も間もなく、またこれがいわば軍師として初めての戦であるから、相手方に自分の存在が知れているとも思えない。
「何者かさえわからぬ私をいかがいたすおつもりか。」
「とぼけるな。ではその剣は何か。このあたりに住むただの民がそんなもの振り回すものか。」
長い沈黙を破って発した声は太く低く、孔明の虚勢を張り倒すような勢いだった。それでも孔明は素知らぬふりで生い茂る林の方を見た。炎に四方を囲まれ混乱する敵の哀れな叫びが煙と共に届いた。劉備と趙雲が囮となり敵をおびきだしこの草原で兵力を分散した上で、火を放つ策はどうやらうまくいったようだ。それなら劉備も趙雲も、もう指示した方へ退却しているはずで、助けは見込めないだろう。孔明はすっかり取り残されてしまった。
改めてこの一人の敵兵について考える。恐らくこの火攻めの混乱の中で陣からはぐれ逃げ出し、孔明と遭遇した。剣を持つ孔明を敵とみなし、対峙している。しかし気が動転しているのか、背の弓矢を射ればいいものの、その存在を忘れているのか、なかなか孔明を殺そうとせず、にらみ合ったまま動かない。
「どうでしょう、互いを見逃してここを去りませんか。このままではお互い丸焦げの死体になってしまうでしょう。」
「そう言って俺を背中から弓で打つんじゃないだろうな。」
「まさか。」
思わぬ相手の発言に、まずい、と思ったときにはもう遅く、兵は自分の背にしょった弓矢の存在に気づいたように、にやりと笑った。
「よし決めた。ただ逃げるよりはお前を殺していこう。」
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