みづのながれ/天上の焔

□紅蓮の炎
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頭の中は命の危機に混乱を極めたが、その瞬間思考の隙間に閃光が走り、孔明は緊張に呑まれていた己の愚かさにはっとした。

「・・・素直にゆけばよいものを。」

そうして出てきた言葉は驚くほど静かだった。

「なんだと。だいたい見逃すのは俺の方だ。え!?エラそうなこといいやがって。今俺が弓を構えて逃げられると思っているのか。」

「いや。」

徐々にあたりの熱気が増し、こめかみから汗が伝う。

難しいことは考えるな。相手はひとり。しかも弓を持っているだけなのだ。仲間を呼びさえしなければこの際それだけだ。そう、散り散りになって流れてくる奴の仲間がここへ辿り着きさえしなければ。

「差し違えるくらいは・・・いや、貴様を炎に伏し、ひとり去ることもできよう。」

「貴様、この後に及んで何を。」

孔明のただならぬ気迫に、兵は考えをくつがえされたように戸惑った。

孔明は勝機を悟り、くちびるを濡らした。

「ほう、逃げの兵がよく吠える。まったく無残なことだよ。能無しの将に仕えるとはさぞ苦労の多いようだ。いいや、これは苦労どころではないな。命が脅かされているのだから。これだから戦は理不尽で不毛なのだ。まぁ命からがら逃げてもその先が無いのもまた兵の定めか。私が剣一振り、貴様が弓を持ちたるからと、なめられては困る。戦の経験浅き、雑魚とみて間違いないだろう。先人の教えを学べば、たとえ不利な状況にあっても抜け出すことはできる。そしてそこでただ逃げるのかそれとも敵を打倒して往くか。我が武運の強さを、今貴様に証明してやろう。」

あたりに煙が満ちるにつれ孔明の声は高く澄んでいった。


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