book.

□最期のお願い。
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___ねぇ、ハル。俺と一緒に居て、楽しかった?幸せだった?…俺は、ハルと居て、恋して幸せだったよ。ありがとう

真琴は、雲一つない綺麗に青が澄み渡る青空に微笑みかけながら今は居ない恋人に思いを馳せて居た。

***

始まりは部活中のこと。何時ものように飛び込もうと台の上に乗った遙を見ていた時に起こった。

「うっ……」

急に遙が胸を抑えて苦しみ出す。その様子を見たその場にいたみんなは心配そうに遙に視線を送ったり、声を掛けたりする。

真琴は駆け寄って「大丈夫?」と声を掛けた。遙はこくり、と小さく頷くと「何も無い」と言った。心配が拭えない真琴は「病院に行こうよ、ハル」と促すが、頑なにそれを拒む。真琴は遙の表情を見て、これは今までと違うと感じて急いで救急車を呼んだ。苦しそうに息をする遙を必死で応援しつ、大丈夫だろうか。という不安が胸に広がる。

「…彼は、心臓病です。」

医者からの言葉。真琴は衝撃を受けた。病気について話を聞いたけれどショックのせいか、殆ど聞き流してしまった。でも一つだけ頭の中で止まりずっとリピートしている言葉があった。

「彼、大分前から発作出てたと思うんだけど…我慢してたせいか、結構進行しててね…もう、余命が残り少ないんだ…。」

「えっ!?」

驚きのあまり、声を上げていしまった。嘘だと思いたいが、詳しい話をもう一度逃さずに聞いていると段々と事実なのだ、と感じた。この事実をハルの両親にどう伝えればいいのか、部員に何と言えばいいのか。一番は、ハル自身に。何て言えばいいのだろう。
おぼつかない足取りでハルの居る病室に向かった。ハルは俺の顔を覗き込んでいる。それだけで自分の置かれている状況を悟ったのか、「……本当は、」と話し出した。俺は黙って耳を傾ける。

「知ってたんだ。自分は病気だ、と。…この発作にも慣れるくらい苦しんできた。この先、きっと泳ぐことが出来無くなる。」

反論したいけど、今掛けてやれる言葉が思いつかず、俺はハルをぎゅっ、と抱きしめた。「ハル…好きだよ」自然と出た言葉。ハルも少し微笑みながら「…ああ、」と頷いてくれた。

次の日から、部活に行ってはハルの元に行く、というのが日課になっていた。ハルに部活のことを言って、病院での話を聞いて…楽しかった。前よりも距離が縮まっているような気がした。

不謹慎かもしれないけど、楽しい。
今、ハルが傍に居ることが、嬉しくて…幸せで。

「なあ、真琴。」

「何?どうしたのハル」

「頼みがある。」

「何?“最期のお願い”?」

くすくす、と笑みながら冗談を言うとハルも頬を緩め「…そうかもな」と言った。

「俺が、居なくなったらこの手紙を読んでくれ。」

と、一通、手紙を渡し「約束だ」と言った。
気のせいか、ハルの頬が少し紅かった。

「縁起でもないこと…」

と少し悲しくなって口から出た言葉にハルはただ苦笑したままだった。

手紙をまじまじ、と見てから「うん、分かった」と取り敢えず頷いた。

そのまま、今日はハルが寝るまで手を握って、ハルの体温を感じていた。
死んだら人は冷たくなる。でも、ハルはまだ温かい。その嬉しさに自然と綻ぶ。

ハルが寝た頃に家に帰宅する。妹達の面倒を見て、風呂に入ろうとした時、電話が掛かってきた。病院からだ。
嫌な予感が体を巡る。ぞわり、と鳥肌が立つ。

「……もしもし」

「橘さん!七瀬さんが____」

俺は急いで薄着のまま病院に向かった。そこには急いで帰って来たのだろう、ハルの両親と部員、凛の姿があった。各々悲しそうな顔をしている。

先生に「ハルはっ!?」とたずねるとうつむいたまま「……すみません」と呟くだけだった。ハルの母親が泣いている。江ちゃんもだ。それを慰めるハルの父さんと凛。うつむいたまま涙をこらえているだろう渚。怜も泣かぬものか、と必死にこらえている。俺はただ呆然と立っているだけだった。

さっきまでの体温は…。ハルの遺体のところに案内されたみんなは泣き崩れたりしている。俺は黙ったまま、ハルの手を握った。冷たかった。まるで、物を触っているかのように。さっきまでの温かさは幻だったのか、と問いたくなるくらいに冷たかった。それを感じて、頬に一筋涙が伝うのを感じた。

___嗚呼、ハルは死んだんだ。

俺はただ、祈るだけだった。どうか、ハルの生きてきた人生が幸せでありますように…と。

***

ハルの葬儀が終わって、全てが終わったと感じたころに制服のポケットを探ると一通の手紙があった。それ開いて、読んでみた。
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