夕陽、見上げて
□第2話
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「ふー。」
明後日の壁外調査までに片付けなければいけない書類が山ほどあるが、大体目途がついてきた。
窓の外を見ると、もう陽が傾き始めている。
ふとエリを見る。
山のようにあった書類ももう残り少なくなっている。
さすがだな。と心の中で褒めていると、エリは一日中机に向かって固まった身体を、んーっと思いっきり伸ばした。
彼女の表情を見ると、ちょっと疲れが出ている。
(そろそろ休憩を入れるか。)
「エリ。切りのいいところで紅茶を入れてくれないか?」
「ん?はいはーいっ!」
久々の気分転換が嬉しいのか、鼻歌を歌いながら紅茶を入れに行くエリ。
エルヴィンはそれを見て、エリに気づかれないようにこっそり笑った。
気を使われることを誰よりも嫌うエリ。
彼女に気づかれずに気を利かすことができるのは、彼女との付き合いが長く、高い観察力を持つエルヴィンだからこそ成せる技だった。
「…これどうしたの?」
ソファに移動し、向かい合って座った2人。
エルヴィンが出した茶菓子にエリは顔をしかめる。
「好みに合わなかったかな?」
「いや、そうじゃなくて。」
(これって、内地のちょー高いやつじゃん。)
エルヴィンから差し出された菓子は、内地に住む人ですらも手が出しづらいような高級菓子だった。
そんなものをたやすく茶菓子として出すのは、ほんのわずかな上流貴族や壁の真ん中にいる王様くらいだろう。
「エルヴィン。これってまさか…。」
「誕生日のお祝いにと思ってね。」
「……。」
ジロリとエルヴィンを呆れた目でにらむ。
「ははっ!そんな顔をするな。」
そういうと、エルヴィンはエリの頭に優しく手を置いた。
こうされるたびにいつも感じることだが、相変わらずこの男の手は太陽のように暖かい。
「エリは私にとって大切な子だ。その子が生まれてきてくれたことを喜びたい。たまにはそれを許してくれないか?」
「……。」
エリはエルヴィンを見上げる。
(相変わらず、ずるい言い方をするんだ。)
こんな風に言われて断ることのできる人間が、いったいどれほどいるというのだ。
「あー…。」
ほんのり頬を赤らめたエリが口を開ける。
エルヴィンはそれに微笑むと、菓子を一つ、口の中に放り込んでやった。
「……おいしい。」
ありがとう。彼女が言った感謝の言葉はとても小さな声だったが、しっかりと聞き取ったエルヴィンは満足げに紅茶をすすった。