夕陽、見上げて
□第17話
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「おい。」
「ん、ありがとう。」
リヴァイが冷たい水の入ったグラスをぶっきらぼうにエリに差し出した。
ぶっきらぼうなのはいつもの事なので、エリは気にせずそのグラスを受け取る。
「リヴァイが来たらあっという間に片づいちゃった。」
「なんでも自分でやろうとするな。何のために4人も班員がいる。」
「そう言われましてもねぇ〜。新米班長には難しいっす。」
「目標を決めておけ。そうすりゃ何をしなけりゃいけなくて、部下たちに何をしてもらわなきゃならねぇのかが自然に見える。」
「さすが。伊達に分隊長やってないね。」
「お前は肩に力が入りすぎだ。人を動かすこと自体は上手いはずだぞ。」
エリは「人の上に立つ」という立場であることを意識しすぎていた。
上司であるエルヴィンが1日の指示をくれるからまだいいが、
それでもその指示をどう伝えればいいか、指示をこなすためにどう人を動かせばいいのかわからない。
彼女の頭は辞令が出て以降、ずっとその話題で持ちきりで煮えたぎっていた。
そんな状況を知ってか知らずか、リヴァイが開け放った窓枠にひじを突きながらアドバイスをする。
エリは、水を飲みほし空になったグラスを机に置いて、リヴァイの隣に腰を落とし、壁にもたれかかった。
「そんなところに座るな。汚い。」
「出たよ、潔癖。」
うるさい、うるさい。と適当にあしらった後、彼女は口を閉ざし遠くの方を見た。
何か考えているようだ。
ウォール・マリアが陥落して以来、彼女はよくこんな顔をするようになった。
おそらく、この現状を飲み込もうと必死なのだろう。
「大丈夫か?」
「……正直さ、参ってるよね。」
窓枠にひじを付いたまま、目線を窓の外からエリに移す。
普段ならば強がって大丈夫だと連呼するというのに、呆気なく弱さを見せた彼女。
壁外調査による大勢の仲間たちの死と、
壁が壊された現実、
亡くなった人の数と目の前で民間人が巨人に喰われていく様子を見せられたことで負った精神的なダメージは相当大きかったようだ。
当然、それはエリだけに限ったことではないのだが。
「ローゼに逃げてきた人たちはさ、どうやって生きていけばいいんだろうね。
土地もお金もない。食料も直に底をつく。」
家や財産、家族や知り合いの命を失ってローゼにやってきた避難民と、
大量の避難民が押し寄せただでさえ限られている場所と食料を奪われるローゼの人間。
双方がぶつかることによって生まれた混乱は、街の治安を悪化させる一方だった。
連日連夜、駐屯兵がその対応に追われているという。
「希望もへったくれもない。」
「…お前は、もっと力を抜くことを覚えた方がいい。」
リヴァイが常々思っていたことだが、エリはどうも物事を突き詰めて考えすぎる。
それがエリのいいところの1つでもあるが、それで自分の首が回らないようなら、
それは生きていくうえで邪魔な能力でしかない。
9年前の事件についても、
なぜ自分にこんな出来事が起こったのかを考え抜いたがために、
いつまでも自分が悪いと首を絞め続ける。
どう考えても、彼女に非はないのに。
「そんなことで、自分を大事にできるのか?」
「ごもっともですねー。でも勝手に突き詰めちゃうんだな、コレが。」
損な性格だねぇ。と自嘲するように言った彼女が、ほんの最近口にした「自分を大切にする」という言葉。
それは、長年彼女を見てきたリヴァイにとって予想外の言葉であった。
しかし、少しでも変わりたいという気持ちが芽生えているのなら、
それを邪魔するものはできるだけ取り除いてやりたいとリヴァイは思っていた。