夕陽、見上げて
□第6話―844年―
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「……。」
年が明けて、844年になった。
すでに1か月後に今年最初の壁外調査が予定されており、今から全体での会議を行う。
同時に班編成の変更があり、今その用紙が配られたところだ。
エリはその紙を手にしながら、顔をゆがめている。
「…どうしたの。あんたそんな顔して。」
あまりの歪めっぷりに、隣に座っていたジェシカが思わずつぶやいた。
「あー!エリすごいじゃないっ!兵長の班に抜擢されるなんて。」
エリのもう片側に座るぺトラがはしゃいでいった。
「……悪意を感じる。」
【第6話―844年―】
「はぁ…はっ!あーもうっ!あの、鬼っ!!!」
さっそく新しい班で立体起動訓練が行われた。
自分の身体を隠せそうな木を見つけたエリは、太い枝に座り込み、その幹にグッタリと身体を預ける。
ちなみに、あの鬼とはエルヴィンの事である。
「私から逃げてくれ。」
今から1時間前、班長であるエルヴィンから告げられたのはそんな指示だった。
「兵長!逃げると、申しますと?」
同じように意表を突かれた兵士がエルヴィンに問いかける。
「せっかく新しい班になったのだから、今日は楽しく訓練を行おうと思ってね。」
(ひぃっ!)
にこにこと笑うエルヴィンだが、エリは長年の付き合いから恐怖を感じ取った。
訓練の内容とは、まるで鬼ごっこのようなもので、エルヴィンが全班員を捕まえればエルヴィンの勝ちとなり、逆に班員が1人でも逃げ切れば班員の勝ちというものだった。
リミットは90分。
(なるほどねぇ。それぞれがどう動くか、どんな癖があるかを直に見たいわけ。)
提案された内容の真意を読み取るが、でもエルヴィンから逃げ切るなんて無理だろ。と冷静に考えていると、エルヴィンがそれに気づいたようだ。
「なんだエリ?自信がなさそうだね。」
「そりゃ…私みたいな新兵じゃ、兵長に敵いませんよ。」
この班に入れられた意味もよくわかんないし。と思うと、エリの口がとがってきた。
それを見て、エルヴィンは1つの提案をする。
「では、こうしよう。君たちが私に勝ったら、次の食事当番を私がすべて行おう。」
(なにーーーっ!)
睡眠第一のエリにとっては、願ってもない申し出だ。
兵団の食事は、各班で当番制となっている。
朝の食事当番にあたろうものなら、訓練の時間に間に合うよう相当数の食事を作らなくてはいけないため、かなりの早起きが必須となっていた。
エリたちが割り当てられた次の当番は、明日の朝だった。
これは負けられない。
「よっし!負けませんよ、兵長っ!」
エリはまんまとつられた。