夕陽、見上げて

□第8話
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「団長。今お時間よろしいでしょうか?」


「あぁ、エルヴィンか。構わんよ。」



昼下がり、エルヴィンは前回の壁外調査の報告書を持って、団長室を訪ねた。







「――そういえばエルヴィン。壁外調査の前に、エリに会ったよ。」
団長が報告書を受け取りながら言う。


「エリに?そうですか。」


「非常に賢い子だな。あれはいい兵士になる。」


「つぶしてしまわないよう気を付けます。」
苦笑しながらエルヴィンが言う。


「だが、まだ過去のことが燻っているようだな。」





やはり団長の目はごまかせない。



「それがなくなれば、彼女はもっと強くなるだろうが…。」















【第8話】 















「エリ―っ!ちょっとそっち持って。」


「はいはいー。」





今年初めの壁外調査が終わり、休暇をもらったエリ達は、自室の掃除に励んでいた。


(何もこのタイミングでやらなくていいじゃん?疲れてんのに。)
心の中でそう愚痴をこぼしながらも、せっせと働くぺトラを手伝う。










前回の壁外調査で、同期の何人かが死んだ。



悲しいことに、壁外調査で人が死ぬことは珍しい事ではないが、こうも同期が一気に何人も死ぬというのはエリ達も体験したことがなかった。





しばらく、同期たちの仲では暗い空気が流れ現実に打ちふさがれていたが、死んでいった仲間のためにも、いつまでもそうしてはいられない。



どこかで切り替えなくてはと思っていたところに、ぺトラが大掃除しよう!と提案したのだ。







「部屋をきれいにして、気持ち入れ替えて、また頑張るんだからっ!」


ぺトラがもう何度流したかわからない涙を今度こそこらえながら、自分に言い聞かせるようにつぶやいていた。



それを見たエリは、ぺトラの頭をくしゃくしゃと撫でてやった。

ぺトラは照れているのを隠すように、エリの名前を少し大きな声で言った。



「わっ!ちょっとエリっ!」


「次はどこをやればいい?」


「えっと、次わねぇ…。」


「ぺトラーっ!これ全っ然落ちないんだけど。」


「あ、はいはいっ!」


浴場で洗濯物を洗っていたジェシカが戻ってきて、ぺトラに汚れが付いた部分を広げて見せる。







「洗濯物まだまだあんの?」


「あー後はエリの分だけ。あんたの制服って、ほんっとに頑固汚ればっかり!」


「しょうがないよ。あんな厳しい訓練してたら…。」


「ぺトラ!しーっ!」


「あんなって…何で知ってんの?」





先日訓練を覗きに行ったことは秘密にしておこうと話していたというのに、ぺトラがうっかり口を滑らせてしまった。



「ねぇ、何で知ってんのさ。」


「だ、誰だって毎日毎日あんなボロボロで帰ってきたら、そう思うでしょ!」


「ははは、そうそう!」


「…ふーん。ごまかすわけ。」


「ほら、エリっ!次はベッドの下を掃除するよっ!」


「さっ!私もこの頑固汚れを落としてやらなきゃ。」


「あっ、こらっ!」





問いただすエリをかわすように、2人は掃除に励んだ。
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