夕陽、見上げて
□第18話(前編)―846年―
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一度まわり始めた歯車は、止まることを忘れた。
人々はただ、歯車と歯車の間に挟まれないように走るのみ。
走ることをやめた者、
またそれを助けようとした者ですらも、
容赦なくその歯車の中に飲み込まれていく。
歯車に飲まれなかったものは、
いつ来るかしれないその恐怖にずっとおびえ続けるのだ。
はて、どちらが幸せだろう。
【第18話(前編)―846年―】
「ウォール・マリア奪還作戦、ですか。」
「そうだ。」
「しかし、うちの現状は医療班や補給兵を合わせても50人になるかならないかですよ…。」
「兵士の投入は、ごく少数だ。この作戦には、多くの民間人が投入される。」
王都での軍事会議に召集されていた団長が帰ってきてすぐ、エルヴィンは団長室に呼び出されていた。
団長の顔がひどく疲弊していたため、その会議で話された内容の壮絶さがうかがえたが、話の大まかな内容を聞いて、その壮絶さは十分に伝わった。
超大型巨人が人類を襲撃して、1年が経ったろうか。
マリアからローゼに避難してきた民間人の多くが開拓地に送られたが、それでも食糧難は続いた。
決して多くはない人類の数ではあるが、やはりこの狭い壁の中で生きていくことは厳しいようで、
ウォール・マリアの奪還は必要不可欠なものとして政府でも検討されていた。
「民間人を投入するなんて…、ただの自殺行為です。」
「あぁ。しかし、政府は全く取り合おうとしない。」
「…人口を減らそうというのですか。」
「おそらくな。」
団長は椅子から立ち上がり、窓の近くに後ろ手に腕を組んで立ち外を見つめる。
背中しか見えなくなった団長から、エルヴィンは言葉を読み取る。
団長が驚くほどに疲弊していたことから、どれほど政府に抵抗したのかがうかがえたが、それを除いても以前よりあまりに小さくなった団長の背中。
エルヴィンは顔をしかめた。
「とりあえず作戦を…。」
二人の間にしばらくの沈黙が続いたが、いち早くエルヴィンがその沈黙を破った。
政府が取り合わないのなら、多くの犠牲が出ないような作戦を立てればいい。
「エルヴィン。」
「…はい。」
しかし、そう考えたエルヴィンを、苦渋に満ちた顔で団長が制した。
エルヴィンは動かしていた手を止めて、団長を振り返った。
「作戦立案は政府が行う。」
「…政府が?」
「我々はただ、政府が立てた作戦に、政府が立てた陣形で挑む。それだけだ。」