陰陽師物語
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「カイナ、カイナ」
呼ばれたカイナは、表情を崩さぬまま、ずりずりと茣蓙の上を這って、神也に近づく。
寄ってきた彼女の頭に手を置き、形を確かめるように撫でた。
「カイナには……まだ早いかな……」
カイナの表情が曇る。
「でも、」と、神也は言葉を続けた。
「十年経っても気持ちが変わらなければ、依り代をあげるよ」
カイナの事が嫌いだからとか、子供だから、依り代を与えないのではない。
彼女は生まれたばかり。今は自由に動き回って、世界を知る期間なのだ。
陰陽師の式神になったら、仕事でその時間を失ってしまう。大事な時間を、依り代で縛りたくない。
それを伝えると、カイナはしぶしぶと言った体で納得した。
「十年かぁ……長いなぁー」
「十年なんて、瞬き一つで過ぎ去ってくわ」
「毛羽毛現はな」
今いる中では、最長の年齢を誇るのが毛羽毛現だ。木霊もそんなに変わらない年齢だが。
クスクスと笑う彼らに、ふとカイナは疑問に思う。
彼らはどうして、式神になったのだろうか。
「みんなは、どうして式神になったの?」
控えている式神たちに視線を向ける。
彼らと出会ってから、まだ一度もこの話を聞いたことがない。
毛羽毛現と木霊が視線を交わし、毛羽毛現がぴしりと尾を振るう。
そっちから答えろ。
そう言っているように見えた。
幼い小鬼の……将来仲間になるかもしれない彼女から出た問いに、木霊から答えた。
「私はしきたりです。晴明様のお弟子さんは、一人前だと認められた時に、晴明様が用意した三体の妖から自分の式神を選ぶのです」
私の時は、狒狒(ヒヒ)殿と天狗殿が居ましたね。
朗らかに笑って、当時を懐かしむ。
思えば、神也とは九年の付き合いだ。木霊は、彼が十五の時に、式神になった。
「実際は九年以上だけどな。山での修行にも付き合ってくれたから」
同じように、神也も懐かしむ。
狒狒と天狗を目に入れた時は、どうしたものかと戸惑ってしまったが、遅れて木霊が来てくれたので助かった。
天狗や狒狒とも顔なじみだが、いまいち自分の霊力と波長が合わないなと感じていたのだ。
「毛羽毛現は?」
「俺様は、自分で式神になった。永久就職だ」
式神になれば、陰陽師に祓われる事はない。
水も自由に飲める。
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