陰陽師物語

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 さらさらと、真新しい和紙で作った獣型に筆を走らせる。
 書いた字は、獏の名前だ。
 獣型の腹の部分に書かれたその名に、神也は息を吹きかける。
 息を通して、主の霊力が込められたそれを、傍らにいる獏に手渡した。

「さあ、獏。この依り代に自分の妖力を流してごらん」

「流すと完全な式神になって、毛羽毛現のように依り代と元の姿を自由に変えられますよ」

 神也の後方で、正座をして控えていた木霊が告げる。
 獏は依り代に自分の鼻を押し当て、言われた通りに妖力を流した。
 獣型が緑色に輝き、宙に浮かぶ。
 ふよふよと漂いながらそれは移動し、獏の額に付着して同化した。
 拒絶反応を見せる様子はない。
 神也は安堵の息を漏らした。

「よかった……。大丈夫そうだな」

 こくりと、獏は頷く。
 怪我と長雨の影響で、山へ湧き水を汲みに行けなくて、依り代を作るのが遅くなってしまった。愛想をつかれたかと心配していたが、喜んでくれたみたいで安心した。
 嬉しそうな様子で依り代と元の姿を交互に見せる獏を、カイナが羨ましそうに見つめる。

「いいなぁー」

 桃色の髪を首もとで二つに分けて結った少女は、最近生まれた小鬼だ。大江山での仕事中、酒呑童子が見つけて拾ったそうな。カイナという名も、彼が名付けた。
 今日はその酒呑童子が仲間を連れ立って留守にするため、カイナの希望で神也に預けられている。
 茣蓙(ゴザ)が敷かれたフローリングに毛羽毛現と寝そべり、ぽつりと気持ちを漏らした。

「カイナも依り代ほしい」

 陰陽師の知り合いはいるし、神也たちとも頻繁に交流している。が、主と呼べる人はまだいない。
 ぺしりと、毛羽毛現がふさふさの尾を振って口を開いた。

「小鬼(がき)にはまだ早い」

「えー?そんな事ないよー。カイナだって、十分成長してるよー」

「それでも、まだまだだ。あと百年修行してから出直せ」

「百年も修行したら、神也が死んじゃうじゃない!」

 むうと、頬を膨らませる。
 その言葉を聞き、神也と木霊は驚いた様子で視線を合わせる。
 この桃色の小鬼は、自分の式神になりたいのか。
 彼女の口から、自分の名が出るとは思わなかった。
 胸の内に嬉しさと気恥ずかしさが広がる。それと同時に、背負う責任も。
 むくれた彼女を、神也が手招きした。

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