姫様
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今日も弥彦の所に、大江山の子鬼とその保護者が遊びに来ていた。
「弥彦ー!鬼ごっこしよー鬼ごっこー!」
桃色の髪を二つに分け、首の辺りで結った女の子が弥彦に駆け寄る。
膝よりも長い髪が、少女が動くたびに元気よく揺れていた。
少女の名前は、カイナ。つい最近の任務で仲良くなった大江山の子鬼だ。
屋敷の簀子で彼女を出迎えた弥彦は「いいよ」と優しく微笑んで返すと、カイナに手を引かれて庭へと降りて行った。
その後ろ姿を見送ってから、弥彦の筆頭式神で恋人でもある白峰天狗は、大きく息を吐き出し俯く。
カイナと心を通わせてから、弥彦の休日はずっとこんな日々が続いていた。
白峰天狗と二人っきりで過ごす時間は確実に減っている。
子鬼に、しかも最近生まれたばかりの子に嫉妬するなんてと、白峰天狗は自分を責めた。
「私、まだまだ子供だなー」
弥彦よりも長く生きているのに、弥彦の方がずっと大人だ。
彼は、白峰天狗が他の男と親しく会話してても何も言わないのだから。
再び白峰天狗は大きく息を吐き出す。
その直後、背後から似非関西弁の男に話しかけられた。
「元気がないなー白峰はん。またいつもの嫉妬でっか?」
話しかけてきたのは、式神仲間の八咫護摩王(ヤタノゴマオウ)だ。八咫烏が人に化けた姿の式神。
似非関西弁を喋る、親しみやすいんだか馴れ馴れしいんだかよく分からない男。
いつも自分の事をからかって来る為、白峰天狗にとってはいけ好かない男だった。
「別に、そんなんじゃないですよ」
「本当にー?」
そっぽを向く白峰天狗の顔を覗き込み、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる。
その顔と顔の距離は、一歩間違えると触れてしまうほど近い。
その光景を庭を駆け回っていたカイナが見つけ、指を指して声をあげた。
「あー!ちゅーしてるー!」
「お?」
「へ?」
その声は屋敷全体に響いたのではないかと思うほど大きく、当然庭に居た弥彦の耳にも届いていたわけで。
風を切る音と共に、二人の間を何かが横切る。
一拍間を置いて届いた、柱にその何かが突き刺さる音。
二人がそちらを見ると、主の護身用の短剣が柱に突き刺さっていた。
「八咫烏」
「ういっ!」
短剣のように鋭く尖った声音が、護摩王の本来の名を呼ぶ。
背筋を凍らせるような冷たい声に、いつものらりくらりとしている護摩王も逆らえず、敬礼をして返事をする。
弥彦は切れ長の目を細めつつも、微笑を浮かべながら言葉を続けた。
「次は喉だ。分かったな?」
「ういっ!」
「カイナ、続きをしようか」
「う、うん!」
幼いカイナにも、弥彦の凄みが伝わったらしく、何も問わずにただ頷く。
再び始まった鬼ごっこを、白峰天狗は呆けながら見ていた。
「弥彦さん、今」
嫉妬した……?
呟いた問いはカイナの笑い声と混ざり、弥彦の所には届かなかった。
終