姫様
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甘い匂いが、台所にあるテーブルを中心に漂っている。
テーブルの一辺には、もこもことした綿を身に付けた妖が居た。
甘い綿菓子を彷彿させるその小さな妖は、目をうるうるとさせながらせっせと手を動かしていた。
「まっててねぇ……おんみょうじたん。おいしいちょこをつくって、とどけにいくからねぇ……!」
お湯をはったボウルの上に、溶かすチョコレートを入れたボウルを置き、ぐるぐるとかき混ぜる。
ボウルの傍らには、足の切れたイカの胴体や煮干しが転がっている。その脇には、震えている羊羹の妖たち。
チョコレートの中には、煮干しとイカの足が混ぜられ、さらに切り分けられた羊羹の一部も投入されていた。
事情を知らない者が見たら卒倒してしまいそうな雰囲気だ。
大好きな陰陽師も、怪しい術でもしているのかと見間違えてしまうだろう。
目を爛々と輝かせて、綿の妖は手を動かす。
その背後で、白い肌の足を11本。長く伸ばして波打つ紫色の髪と共にゆらゆらと揺らして佇む海賊烏賊が満足気に頷いていた。
◆ ◆ ◆
「おい、陰陽師」
橋を渡っていた途中、背後から声をかけられる。
伴っていた白峰天狗と共に振り返ると、茨木童子とカイナが目に入った。
「二人だけとは珍しいな。どうした?」
軽く目を見張った陰陽師が問う。
茨木童子は肩をすくめ、カイナの肩に手を回した。
「カイナが『どうしてもっ』て、うるさくてな」
「バレンタインのチョコレート!持ってきたよ!」
「はい!」と、元気良く包装された包みを手渡す。
少ししわくちゃな包みを見た所、カイナが一人で包んだのだろう。
中身が本当にチョコレートかどうかは開けてみないとわからないが(昨年はモナカだった)、陰陽師はありがたく受け取った。
恋人である白峰天狗の視線が痛かったが。
「ありがとう、カイナ」
「どういたしまして!」
「ちょっと待ったァッ!」
威勢の良い声が辺りに響き渡る。
4人が声の方を見ると、目が覚めるような赤い髪を持った女性が、金棒片手に駆け寄って来るところだった。
「赫頭じゃないか」
言葉を発したのは茨木童子だ。
赫頭は鬼仲間で、良く酒を飲む中である。
まあ、最も飲んでいるのは酒呑童子だが。
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