風華月炎

□始まりの雪。
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オレにとっては嫌な思い出を、
 お前にとっては嬉しい想い出を、それぞれ思い出させる。
  それが、“雪”という儚い結晶……――。



始まりの雪。【若桜勇人・龍+四条 司+神藤和泉】


「うわっ!……寒いと思ったら雪じゃんか」

ある冬の日の朝、勇人が廊下に出ると目の前に広がるのは白い景色。
それを見るなり、勇人は思わず後ずさりをしてしまった。

「はよ、勇人。……お前、まだ雪嫌いなのか?」

丁度起きてきたらしい司は、勇人の行動を見て朝の挨拶と共に声をかけた。

「はよ…。しょーがねえだろ、嫌な思い出しかねえんだから。雪には……」
「ま、それもそうだよな。雪の中に置き去りにされたりすれば、誰だって…」


司の一言で、勇人の脳裏に幼い頃の記憶が蘇る。
あの時にアイツが現れなかったら、自分たち兄弟は本当にどうなっていたのだろうか。
誰も知らない、何処かもわからないこの土地で自分たちは死んでしまうのではないかと恐怖が走ったのを今でも覚えている。優しい父や母、厳しいが優しい祖父たちに二度と会えないのか。そんなことばかりを考えた。
しかも、雪が降っている。あたりは見渡す限りの銀世界だ。そんな中、自分たちはたいした防寒もしてないので寒くて動くことも出来なかった。
自分はどうなってもいい。せめて、せめて弟は……龍だけは助けてやりたい!居るかもわからない神に向かってそう願った時、その少女は現れたのだった。



『…へーき?』
『…………』

オレたちは答えなかった。…いや、答えられなかった。変な話、こんな短時間で対人恐怖症にでもなってたんだろうな。目の前にいる女の子は敵なんだと思い込んでたんだ。

暫く黙っていると、その女の子は龍の顔を見て言ったんだ。

『キレイ……気に入った。アナタ、私のモノにならない?』

そう言って龍の頬を触ったソイツが、何かを見つけたのか一瞬止まった。
それと同時に、オレのすっかり止まりかけてた思考が復活した。

『ちょ、お前何様なワケ?人の弟に向かって“モノになれ”って。龍も嫌に決まってるだろ!?』

いきなり何なんだ、この女。龍はモノじゃないんだぞ?大体、普通初めて会った奴にそんなこと言うか?

オレが一人ブツブツ考えていると、ずっと黙っていた龍が口を開いた。

『うん、いいよ。それに……ありがとう』
『ホラ、龍もいいって…って、龍?!』

今、『いいよ』って言った?!何で!
しかも龍のそんな笑顔、オレ初めて見たんだけど…。

『な、な…』

上手く言葉が出て来ない。
そんなオレに構わず、龍はその女と話を続けていた。

『俺、龍。キミの名前は?』

龍の質問にその女は答えた。

『和泉…神藤和泉。ねえ龍、この家紋…若桜の?』
『『…!?』』

オレたちはビックリして、思わず互いに目を合わせてしまった。
確かにオレたちは、自分の家の家紋が彫られたプレートが付いたピアスをしている。見る人が見ればわかるんだろうけど、小さいしなかなかわからないと思っていた。それも、オレたちと同い年ぐらいの奴に。苗字まで当てやがった。
こいつ、一体何者?


『何でお前がオレたちの家の家紋を知ってるんだよ?』

オレは正直な気持ちをぶつけてみた。深く考えるのは苦手だし、直接コイツに聞いてみるのが一番いいと思ったからだ。

『その…、知ってたから――。それじゃ駄目?』
『駄目じゃないよ』

龍が答えた。
そうだよな、知ってても何の問題もないことなんだ。唯単にオレたちが自分たちに関する情報に対して敏感になってしまってるだけなんだよな、きっと。

『よかった』

そいつ…和泉は安心したのか、初めて笑顔を見せた。


それから、和泉に連れて行かれた屋敷――四条邸。そこの当主は厳しそうな顔をしていて少し怖かったけど、オレたちのしどろもどろな説明でもしっかり聞いてくれた。
話が終わると別の部屋に通されて、そこにいたのが司と司の両親の義春さんと美夜さん、そしてオレたちをこの屋敷まで連れて来てくれた和泉だった。最初はまだ少し他人が怖くて無言だったけど、段々喋れるようになった。司はいい奴だったし、義春さんも美夜さんも優しかったしな。

数時間すると、もの凄い足音が聞えてビックリしてたら親父とお袋がオレたちがいる部屋に飛び込んできた。こんな両親は見たことが無くて、オレたちは暫くの間呆然としてしまったけど、次の瞬間には二人のもとに駆け寄り、そのまま抱きついて泣いちまったんだよな。…今思うとスッゲー恥ずいけど、あの時のオレたちは本当に怖かったんだ。
暫く泣いて落ち着いたとき、オレたちはこのまま四条の家に世話になるって聞かされたんだったけ。

『二人はこのまま東京に帰っても、また危ない目にあうかもしれない…。だから暫くこの四条の家にお世話になって。―遠野のことは僕たちにまかせて』

そう言ってきた親父にオレたちは素直に頷いた。また同じようなことが起って親父たちに心配かけるのも嫌だったし。それにここにいるのが龍は嬉しいみたいだったからな。龍がいいって言うんだったらオレもいいかなって、そう思ったんだ。司、義春さんや美夜さん、ご当主に使用人さんたち…みんないい人だしな。
たった数時間でそう思えるようになった自分が不思議だった。あんなに他人が嫌いになりかけてたのにな。一人じゃなくてよかった。龍が、和泉がいて、司が…四条の家の人がいて、親父たちがいて本当によかった。素直に心からそう思ったんだ。



「勇人…邪魔」

龍の一言でオレは現実へと引き戻された。
ふと後ろを見ると、不機嫌な顔でオレを睨む龍の姿があった。未だに寝巻きのままと違い、龍はもうしっかりと制服に着替えている。

「龍、お前もう着替えてんの?早くねえ?」
「……俺は朝練あるからもう学校に行くんだよ。司ももう準備終わるし」
「は?!」

何アイツ?さっきまでオレと一緒にいたのにもう準備終わる?
……何時の間に。

「わかってると思うけどさ、今日和泉様帰ってくる日だから」
「あ〜…今日だっけ?ってゆうか、お前どうしてそうオレの前と和泉の前とじゃそう態度が違うんだよ?」

…むしろ、もっと正確にいえば@オレA和泉Bその他…の前でそれぞれ性格違うけどな。
昔はあんなに素直で可愛かったのに、いつの間にかオレに反抗的に……。オレのが兄貴だってわかってる…よな?


「そんなのどうだっていいだろ?……とりあえず、俺もう行くから」
「おっ、おいりゅ…」


行っちまった…。オレの質問答えてねえし。
……ま、いいか。和泉は龍にとって大事な奴なわけだし?甘えでもあるのかもな…。
無口な分、溜め込むことも多いだろうし。
オレは……何もできないから。



「おはよーございます!!当主、義春さん、美夜さん。今日は寒いっすねー」

雪景色を背に、オレはいつも通り四条の人たちに挨拶をした。
今日は雪だけど、イイことがあるかもしれない―。

そう思える朝だった。

END

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