ヴァンガード小説

□櫂誕2014
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暑い陽射しが照りつける夏の午後。街を歩いていた櫂は、誰かの視線を感じて立ち止まった。

「……」

後ろを振り返るが誰もいない。

(気のせいか……。)

櫂は一瞬眉を潜めたが、振り返ることなく書店に入っていった。

(あっ…危なかった…)

とっさに物陰に隠れて、アイチは冷や汗をかいた。
なぜこんなことをしているのかというと、櫂の好みを探るためである。
もうすぐ櫂の誕生日だというのに、ずっと悩んでいたアイチは、プレゼントがどうしても思いつかずにいた。自分の誕生日を祝ってくれた彼のために、自分も何かしてあげたい。なのに、彼が何が好きなのか、何が欲しいのかが分からない…タイムリミットが近づくにつれて焦り始めて、こんなス◯ーカーまがいの行動に走ってしまったのである。
夏休みになってから櫂が店に顔を出すことはなくなった。やっぱり忙しいのだろうか。プレゼントを用意しても、いつ渡せるかわからない。それでもアイチは、誕生日をお祝いしたかった。せめて「おめでとう。」ぐらい言いたい。
そして、トボトボと店に向かって歩いている途中偶然、櫂を見かけたアイチは、つい後をつけてしまったのだ。
櫂は難しそうな勉強の参考書を選んでいた。
(高校生だし…やっぱり勉強忙しいんだ。)
そこへ誰からか電話が来たようで、ケータイを取り出した。
「…ああ、分かった。」
短く答えて、カバンを引っ掛けて、書店を後にした。
(誰だろう…まさか…)
アイチは一抹の不安に駆られていた。
櫂のプライベートは謎に包まれていた。呼び出しに応じる相手は数少ない。そもそも誰と交流を持っているかなど、学校も学年も違う自分には知る術がないのだ。
入っていったのは駅前にあるファーストフード店だった。
そっと中を覗いてみて、櫂の隣りにいる人物を見てホッとした。
「よ、櫂!
呼び出して悪かったな。」
どうやら電話の相手は三和だったようだ。

***
高校生の三和もそこまで暇ではないはずだが、カードキャピタルに通うのがもはや日課になっていたので、夏休みも毎日のように来ていた。
けれども櫂はやっぱり来ないし、ミサキは忙しいからと相手にしてくれない。
カードキャピタルは夏休みの子供たちで大にぎわい。
外は暑くてたまらない。
店はもちろん冷房が効いているが、ファイトもしないのにあまり長居はできない。涼を求めてここへ飛び込んで、友人を呼び出しては、暇をつぶしていた。

「せっかくの休みなんだから、旅行にでも行きてえなあ」

行儀も何もなく、だるそうにテーブルに肘を付きながらシェイクを啜る友人に、参考書の陰から冷ややかな視線を送った。

「…そうだな。ショップ巡りはどうだ」

「ヴァンガ脳ッ‼」

休みに入った途端、消息を経ったと思ったら!

「各地のカードショップや裏ファイトの場を廻って、出てきた店の猛者だの、トップやらを相手に腕だめしだ。有効な休みの使い方だろう。」

「怖ッ‼何道場破りみてぇなコトしてんの⁈」

フフン、と不敵に笑う櫂に三和は顔を引きつらせた。

「ヴァンガードの世界で勝ち抜いていくことの厳しさを教えてやってるだけだ。」

勉学もヴァンガードも手を抜かない。まったく優秀な親友だ。

「ところでお前、随分と暇しているようだが…宿題は終わったのか?」

「うっ…!」
図星を突かれて苦笑いする三和に、今度は呆れた視線を送った。
察する通り、今日三和が櫂を呼び出したのは、休みを遊びに費やした分がとうとうツケで回ってきたためである。
おもむろに席を立とうとする櫂を、三和は慌てて引き留めた。
「ままま待てってッ!
まだ何にも言ってねーじゃん!」
「言っておくが、オレは手伝わんぞ。」
あっさり見捨てられて、三和はがっくりとテーブルに突っ伏した。

「…何の話してるんだろう。」
首を伸ばしても、窓越しでは2人の話声は聞こえない。向こうを向いている櫂の表情も見ることはできなかった。
「それもあるけど…いやいや、とにかく話ぐらい聞いて!」
「…アイスコーヒー…」
ボソリとリクエスト。
「わーった!そんぐらい持ちますって!」
「…聞こう。」
ようやく腰を下ろした櫂に三和はため息を吐いた。
「……」
櫂はチラリと後ろに視線を向けた。
「どうした?」
「いや…なんでもない。」


「ところでお前、何か欲しいモノある?」

「は?」

唐突な質問に櫂は怪訝な顔を向けた。

「言えばくれるのか?」
「レアカード寄越せ、とか無理難題でなければな。」
「この暑さで気だるくて仕方がない。手応えのある対戦相手を連れてきてくれ。」
「無理難題‼」
「じゃあお前が憂さ晴らしに一戦付き合え。」

絶対一戦で終わらない。暑さを理由に八つ当たりされたらたまらない。

「そうじゃなくて!お前の誕生日だろ。」

まともな返答を得られそうにないのではっきり言うと、ややあって、「ああ、」と思い出したように返事をする。

「別に…必要ない」

「そう言うだろうと思ったけどさ…宿題より難題なんだよ、お前を喜ばせるのは…」

またこいつは…余裕がないくせに他人の事ばかり気にして… 人の良さそうな困り顔を浮かべる三和にため息を吐いた。かわいそうだからとかそんな理由で、放っておかないんだろう。まったくお人好しだ。

「ふん……。他人の面倒を見ている場合か?」

アイスコーヒーを飲み終えた櫂は席を立った。
「これで充分だ」と、空になったグラスの淵に指を置き、三和の数学のプリントを手に去って行った。

櫂が店を出て行くのを見届けてから、三和が突然こちらを向いて手招きした。

「なあにやってんのかな、アイチくん?」

三和はおもしろいものを見つけた、というようにいたずらっぽく微笑んだ。

「また探偵ごっこか?」

アイチは気まずそうな表情ながら、素直に白状した。

「…すみません…後をつけてました…。」

大胆な告白に三和は衝撃を受けた。
まさか本当にス○ーキングとは。
とうとうそこまで思い詰めてしまったか!
これも無口で照れ屋で無愛想な親友が、またなにか誤解をさせるようなことをしてしまったからに違いない。

「ち、違いますよ⁈変な意味ではなくて……」

何か勘違いしている三和に、アイチは慌てて訂正した。


「…なるほど。つまり、櫂にプレゼントをするために、櫂が何が欲しいのか、何に興味があるのかを探っていたと。」

「誕生日か…。
…そうだな、祝ってやらないとな…」

親友の三和が一番乗り気かと思っていたので、この反応は意外だった。

「いやぁ、あいつ照れ屋だからさ。盛大に誕生日会とかやったら、もしかしたら恥ずかしがって、出てこないかもしれないぞ。」

笑ってごまかそうとするが、アイチは察した。

「そうですよね…。櫂くん、あんまり騒ぎ立てると、嫌がるかもしれないですよね。」

親友のために悩んでるアイチを、三和は好ましく思った。

「そんなに気にしなくても大丈夫だって。ダチの誕生日なんだから。あいつだって、『おめでとう。』って言われて、嫌な気はしないさ。さ、あいつを追いかけてやって」

「でも、思いつかなくて…それに迷惑じゃ…」

「アイチなら大丈夫。あいつのわがままでも何でも聞いてやって。」

アイチは迷ったが、三和の言葉に背中を押されて後を追うことにした。
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