ヴァンガード小説
□イタズラなキス
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「いらっしゃいませっ!」
櫂と三和が店の扉を開くと、店員ではなく、アイチが出迎えた。
彼が笑顔で顔を上げると、二つのキョトン顔と目が合った。
「カッワイイなぁ〜アイチ!
魔女ッ子か、それ。」
アイチの姿に三和が歓声を上げた。
広いツバの黒いトンガリ帽子を頭に乗せ、黒いローブにマントを首にくくりつけて、おまけに星型の飾りのついたステッキという、ハロウィンの仮装では人気の魔女姿だった。
「ま…魔法使いです…。」
馴染みの顔を前にして、アイチは一瞬の内に湯気が出そうなくらい顔を赤くすると、帽子を勢いよく下に引っ張って、顔を隠してしまった。
「おい、三和。」
櫂は特に感想を述べることはしなかったが、アイチから目を逸らし、三和をたしなめた。三和に褒められて、赤くなるアイチがあまり面白くなかった。
「あっ、悪い悪い…。
でも、ほんとに似合ってるぜ?」
三和の称賛が悪気のないものであることは分かっているので、アイチは恥ずかしそうにしながらも、そろりと帽子の下から顔を出した。
「へぇ…、ねーちゃんも仮装しちゃって…かわいいじゃん。」
「あ、あたしはただ、シンさんがしつこいから仕方なく……」
カウンターに、赤い羽根飾りのついた仮面を付けた、ミサキが座っていた。
「えーと…それ、女王様?」
ビシッ!とムチが宙を舞い、三和に向かって飛んできた。
「いやぁ、いらっしゃい。」
一騒ぎあったのを聞きつけて、店長が奥から顔を出した。
ピンクのエプロンに、豚鼻に耳をつけて出てきた店長に、常連客は冷めた視線を送った。それを物ともせず、豚になった店長は、手にお菓子の袋をたくさん入れたカゴを持って、愉快に問いかけた。
「今日は何の日でしょう?」
「ハロウィンですね」
「そう、ハロウィンと言えば⁉︎せーのっ、はいっ‼︎…」
「………」
どうやら「トリック オア トリート」と言わせたかったらしい。
店でカードゲームをしている子どもたちは、少しませた子どもが多いせいか、あまり言ってくれないんだそうで…ちょっと淋しそうな店長に悪いことしたなと三和たちは思った。
「というわけで、はい。アイチくん。」
「えっ、いいんですか?」
アイチの手にハロウィンのお菓子を詰め合わせた小袋が乗せられた。
「もちろん。今夜のアイチくんはかわいい魔法使いですからね。」
「ありがとうございます!」
「よかったなあ、アイチ。てんちょー、オレたちは?」
「高校生は配る方に回って下さい。」
「だよなぁ…」
「ふぅ……」
店の裏手でイスに腰かけたアイチは、帽子を取って膝に乗せた。
「何だ、もう外してしまうのか。」
出入り口に櫂が立っていた。
「だって、やっぱり恥ずかしいし……。
変だよね。中学生にもなって……」
正直、アイチの見た目ならあまり違和感がない…それを言ったら怒るだろうか。
「これも本当は店長が、ミサキさんに着てもらいたかったみたいなんだけど、ミサキさんはなぜか、僕にって」
櫂は心の中で戸倉に感謝した。
「着させられた割には、楽しそうだったじゃないか」
アイチは苦笑しながらも認めた。
「ちょっとやってみたかったんだ。自分じゃないものになれるって楽しいし……」
「ヴァンガードもね。イメージすれば、強い剣士にも、賢い賢者にもなれるから…それが嬉しいんだ。」
たとえゲームだとしても、その時間は自分が変われる瞬間。
「ああ…わかる」
「えっ…、ほんと?
櫂くんにも、自分じゃないものになりたい時ってあるの?」
意外に思って、櫂の顔を見上げた。
「ああ、…もちろんだ」
櫂は遠くを見つめて、口元に薄く笑みを浮かべた。
「ア〜イチ。」
三和が顔を出して、何やらアイチに耳打ちした。
「えっ…⁈
でも、櫂君、怒るんじゃ……」
心配するアイチに「大丈夫大丈夫。」と楽しそうにヒラヒラと手を振って出て行った。また何か余計なことを吹き込んだな。
「櫂君。」
「なんだ。」
「トリック オア トリート。」
「…悪いが菓子は持ち合わせていない。」
「うん。言ってみたかっただけ。」
そしてニコニコと楽しそうに笑った。
こういうイベントをアイチが好むのは意外だった。ただもしかしたら、今までそれを一緒に楽しむことができる誰かが、いなかっただけなのかもしれない。
「じゃ、イタズラしていい?」
そう言いながらワクワクと身を乗り出してきたアイチを微笑ましく思った。
「そういうルールだからな。」
一体どんないたずらを仕掛けようというのか。櫂にも楽しみではあった。
自分に怖れずいたずらをしようというのだから、なかなか勇気がある。
「じっとしててね。
それから…笑わないでね。」
「?」
「櫂君に魔法をかけます。」
アイチはステッキをかざして、何やら怪しげな呪文?を唱え出した。
「櫂君はかわいい、かわいいネコさんになーる。」
思わず吹きそうになったが、あくまで真剣なアイチに失礼だろうと、櫂は微笑みにとどめて見守った。
しかし困ってしまった。
アイチの魔法は不発だったようだ。
そんな義務はないのだが、櫂としては、なんだかアイチの願いを叶えてやらないと悪いような気がしてきた。
どうしたものか考えていると、背伸びしたアイチの手が伸びてきて、頭に何かが嵌められた。
「……?」
触ってみると、ふわふわ二つの毛の塊。
「……」
「櫂君かわいい……」
何だか 笑いを堪えているように見えるのだが。
「お前……」
なぜこれを持っている。
三和か!
櫂の頭に二つの獣耳。
あいつ、誕生日にオレが受け取らなかったことを今になって報復してきやがった!
「アイチ。」
いつまでも笑っているアイチに、悪知恵が浮かび、櫂は口角を引きつらせて、アイチを手招いた。
「何…?」
呼びかけられて顔を向けたところをガシッと顎を掴まれて、引き寄せられたかと思うと、櫂の顔が目の前にあった。
「トリック オア トリートだ。」
ポロ、とステッキがアイチの手から落ちた。
「…あ、そっか!
うん、いいよ。」
そんな期待の眼差しで見るんじゃない。
純粋にどんなイタズラをしてくれるのだろうと期待している彼は、俺の思惑など予想もしないんだろう。
「っ……!」
その肩に手を置いて顔を近づけると、さすがに何をされるのか察したのか、体を固くする。そうして自然に少しだけ首を傾けて、青の双眸がまぶたの下に隠された。
従順な反応に櫂は一瞬、欲に身を任せるかどうか本気で悩んだ。
ギュッと目をつぶったアイチにクスリと笑みを浮かべると、櫂はアイチの口ではなく、耳元に唇を寄せた。
「何を期待したんだ?」
「え……。
あっ……///」
からかわれたことを知り、アイチは目を開くと、カボチャかトマトのようにカ〜ッと赤くなった。
ニヤリと笑みを浮かべる櫂に、アイチは頬を膨らませた。
「!」
アイチは先程もらったクッキーを、櫂の口に詰め込んだ。
「もっ…、もう、イタズラはおしまい!」
怒って背を向けてしまう。照れ隠しにクッキーを頬張るが、耳まで赤くなっている。
「なんだ、怒ったのか?」
クッキーを口から外して、櫂はアイチの肩を掴んでこちらを向かせた。
「イタズラしていいんだろう?」
「う…、お菓子あげたから、もうダメッ。」
「じゃあ…、もっとくれ。」
櫂の唇が、アイチの口端についたクッキーの屑を、掠めとるように唇を奪った。
「…ごちそうさま。」
真っ赤になったアイチが反論する前に、その口にクッキーを差しいれた。
「櫂くんっ!」
ククク、とイタズラが成功して満足そうな櫂に、反論する言葉が見つからず、口をパクパクさせるしかないアイチだった。
END