ヴァンガード小説

□君の背中
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ヒヤリ、とした。

以前、サイクオリアの影響を受けて、倒れた時のことが思い出されたからだ。
アイチの体が、目の前で崩れるように倒れた。

「おいっ……⁈」

とっさに側にいた森川が支えた。

アイチは苦しそうに熱い息を吐いている。

「おーい。どうしたんだよ?」

とりあえず、アイチをイスの背もたれに寄りかからせるように座らせ、森川は心配そうに顔を覗き込んだ。

「どうしたの?」

ミサキもカウンターから出て、アイチのそばに駆け寄った。
朦朧としているアイチを見て、ミサキはその額に手を充てた。

「熱があるね…。かなり熱いよ。」

なん、だと……

「ごめんね。シンさんがいたら、車を出してあげられるのに…」
ミサキは申し訳なさそうに呟いた。

ふと入り口の方に目を向けると、そこに固まったままこちらを凝視している櫂の姿が。

「ちょうどよかった。
あんた、アイチを家まで送ってやってくれない?」

「…は?」

急に話しかけられて反応が遅れた。

「この中で一番背が高いんだから、アイチ一人くらい担げるでしょ。」

「ちょっと待て。どういう理屈だ。」

ミサキは櫂の上着を掴んで引っ張ってくると、有無も言わさず膝を着かせ、背中にアイチを括りつけてしまった。

「おい!」

「大丈夫大丈夫。兄弟みたいだよあんた達。」

「そういうことじゃない…。」

抗議しようとするが一睨みされて、櫂は黙った。

「くれぐれも落とすんじゃないよ。」

「さすがにこれは……」

滑稽な、とは言わないが、制服姿の高校生がやるといろいろな意味で目を引く。

「カッコつけてる暇があるなら、アイチを気遣ってやんな。」

「分かった…。」

従うしかなさそうだ。




(思ったより軽いな…)

櫂はつらそうに眉根を寄せ、まぶたを固く閉ざしているアイチをチラリと見た。

「ん……」

一定の振動が体に伝わり、アイチは目を覚ました。

(なんだろ……ふわふわする…。)

遠くで鳥が鳴いている。

「気がついたか?」

目の前に飛び込んできた鳶色の跳ねた髪。

(……⁈)

一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。

(え?え?)

アイチは櫂の背中に担がれていた。

(ええええっ⁈)

状況を理解して、アイチは完全に覚醒した。

「あああっ…あのっ……!」

のどに鋭い痛みが走り、アイチは顔をしかめた。

「大人しくしていろ。バランスを崩す。」

「はい…。」

早る鼓動を抑えて、そっとその肩に手を置く。

まさかこんなことになっているとは夢にも思わず、のん気に寝てた自分が恥ずかしい。
心臓がバクバクしている。

(どうして櫂くんが……)

何だか熱っぽくて、クラクラしてたのは覚えてるけれど。
このような状況に至った経緯を思い出してみようとするが、ズキリとした痛みが頭に来て断念した。


「具合はどうだ?」

「うん…。大丈夫…。」

(櫂くんの背中…あったかいな…)

スラリとしているのに、自分の体をしっかりと持ち上げる腕と、背中から伝わる体温が不思議と落ち着く。

「今お前の家に向かっている。
まだかかるから、寝ていろ。」

陽は傾き、空は赤く染まっている。
夕闇迫る静かな住宅地を、櫂はゆっくりとした足どりで土手の上を歩いていく。
見ると、夕陽が川を赤く染め上げて 、水面がキラキラと輝いている。アイチはまぶしさに目を細めた。

「全く…こんなにひどくなるまで我慢してたのか。」

「ごめんなさい…」

「もういい…」

心地よいぬくもりと振動に揺られて、アイチは夢心地だった。

(櫂くん……
やっぱり優しいな……)

この背中を追い続けて早4年。

気づくといつもどこかに行ってしまう櫂。

どうしてこっちを見てくれないの、なんて恨み言を言ったこともあった。

これはただの気まぐれなのかもしれない。
今のこの状況だって、櫂自身が望んだことではないのかもしれない。

だけど、今は…

今だけは……


「櫂くん…」


頬が熱い…

これもきっと熱のせい……

だから、


(だ、だめかな…。怒られちゃうかな……?でも…でも僕、もうっ……!)


好 、 き…


掠れた喉では、声にならなかったかもしれない。


アイチはギュッと目をつぶり、櫂の首に腕を回した。


「……チッ、」

櫂の横顔は夕陽を受けて赤く染まった。

そしてアイチを抱え直して、彼の家へと歩みを進めた。
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