ヴァンガード小説

□髪を切った話
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ザクッ、という刃物が貫通した大きな音に、アイチは真っ青になった。
つづいて青い毛が羽のように舞い、床に落ちた。
「あ…あ…」
おそるおそる後頭部に触れてみる。手を引き抜くと、抜け毛というレベルでない量の髪の毛が手に付いた。
しばらく思考が停止した。
どうやら怪我はないようだ。
しかしこの状況…
逃げようとしたのが気に食わなかったのか、それもあくまで脅しのつもりだったに違いないが、本当にザックリと入れられてしまった。
とにかく切られたものは元に戻らない。
残されたアイチはむなしく、ホウキとチリトリを手に取り、その場を片付けた。

生憎被り物を持ち合わせていないのでハンカチで代用。
足早に人目を避け、学校を後にした。

(誰にも見つからない内にまっすぐ帰ろう…)

カードキャピタルの前を小走りで駆け抜けようとした時だった。

「アイチ、今日は寄らないのか…」

呼びかけに足を止めると、今一番会いたくない人が背後に立った。
間違いなく頭に視線が注がれている。
「どうしたそれ」
「あー…ちょっと髪切るの失敗しちゃって…恥ずかしいから…」
見る間に櫂の顔に不信感が募っていく。
「…自分で切ったのか?」
「う、うん…」
こんな時上手にウソをつけない自分が憎い。
「あっ…だめ!」
櫂はアイチの頭から素早くそれを取り去った。
バッサリという表現が正しいだろう。
毛を刈られた青い雛鳥の如く、後ろ髪が刃物で切られたように、スッパリ失くなっていた。パッと見ると、4年前2人が出会った頃を思い出す。それくらい短かくなっていた。

「……」

物を言わなくなった櫂に、堪らず涙が滲んできた。
「痛ッ⁉」
櫂は小さく舌打ちすると、アイチの頭にハンカチを叩きつけるように乗せて、連れて行こうとした。

「ちょっと待ちな。
そのまま外に連れ出すつもり?」

強引にアイチを連れ出そうとする櫂を、ミサキが引き止めた。

「……」
店のバックヤードに案内された二人は、気まずいままで、周囲の好奇な視線に、アイチは居心地が悪く俯いた。
ミサキが鏡とハサミを持ってきた。
あまりジロジロ見ているのも哀れなので、他の皆は引き下がった。

「か、櫂くん…僕は大丈夫だから…」
「話は後だ」

鏡越しに目が合い、アイチはすぐに視線を逸らした。
「おい、前を向かなきゃ、ちゃんと切れないだろう」
ぶっきらぼうな物言いだが、櫛を通す手付きは優しかった。
「随分思い切ったものだな。
…悪くはないがな」
頭の上から聞こえた含み笑いに、恥ずかしさの余り逃げ出したくなったが、それも叶わないので鏡を見ないように目を閉じた。
「怪我が無くて良かった…」
そっと呟かれた言葉。心配してくれたのだと、嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
怖かった。髪を掴まれて、冷たいハサミの刃が首筋に触れた感触に寒気がした。
今までも髪を引っ張られたりしたことはあったが、今回のはひどい。涙が出そうなほど悔しかったけど、さっきはなぜか泣けなかった。
今我慢が限界になって泣きそうになっている。唇が震える。肩が跳ねる。
櫂は黙って、アイチの髪を優しく撫で続けた。

「しばらくの辛抱だ」と見苦しくない程度に整った髪に櫛を通した。
「男前になったじゃないか。」
「え、本当に?」
「おまえも変わりたいなら、その頭、隠さない方がいい。」
櫂は慈しむような眼差しでアイチを見つめた。
「いい顔になったな」


ーところで、お前をそんな目に合わせた野郎はどいつだ?

ー全員丸坊主になってもらうよ。
安心しな、アイチ。あんたの仇は取ってあげる。

ーだっ、大丈夫ですからっ!



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