ヴァンガード小説
□スカートに隠した乙女心と男心
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「こんちは〜〜…あ''っ⁈」
「おい、何してる。早く入れ…?」
店に一歩踏み入れた三和が急に立ち止まったので、後ろの櫂は迷惑そうに促した。
二人の視線の先で、アイチは腕を広げてポーズを取っていた。
「あっ…三和くん、櫂くん」
アイチは両腕を上げたまま、首だけこちらに向けて2人を出迎えた。
「動かない!」
「は、はい!」
アサカに指摘されてビシッと姿勢を正す。
白いフリル付きのエプロンに目の覚めるような青いワンピース。白いソックスに包まれた細い足。それはどう見てもメイド服だった。
「アイチは女の子だったのか⁉」
「何を馬鹿なことを…」
間の抜けた声を上げる三和の横で、櫂は見る間に眉間に皺を寄せる。
「櫂トシキ!私の作品にケチつける気⁈」
アサカがキッ!と睨みつける。
櫂は面白くなさそうに顔をそらした。
「この子の肌、とてもキメが細かいわ。青い髪もスカートの色と合うし。リボンを頭の上で結んで、と……」
アサカはテキパキとアイチを飾っていく。
アイチはヒラヒラするスカートを摘まんで苦笑いした。鏡に映る女と化した自分の姿は、我ながら可笑しく思う。さらに頭に大きな黒いリボンが巻かれて、アイチはため息を吐いた。
「なーに拗ねてんだよ」
「別に」
「『別に』って顔でもないけどな」
テーブルに着いて早々、櫂は不機嫌そうに肘を着いた。普段は感情が読みにくいが、こういう機嫌の悪さを露骨に出すのは、櫂の強い苛立ちの表れである。
「アイチがああいう格好するの、嫌なわけ?」
「アイチは男だ。不愉快に決まってるだろ」
「うわ…ハッキリ言ったよ」
言葉も辛辣になってくる。
それがどんな感情から来ているか自覚しているのだろうか。三和にはかえってわかりやすい。
「いいじゃん。似合ってるから。かわいいし」
「そういうヤツがいるから…」
「とどのつまり、心配なわけね」
「……」
アイチは小柄なこともあり、女の子に間違えられたり、変な奴に目を付けられることも多い。二人がつき合い出してから特に櫂は、アイチの周囲の目に対して敏感になっていた。ナンパされたり、痴漢に遭ったと聞いた時の櫂の不機嫌さは今の比ではない。
「休憩していいわよ」と言われ、アイチはシワにならないように注意しながら裏のベンチに腰掛けた。
「あまり気に食わんな」
櫂は壁に寄りかかり腕を組み、アイチの頭のリボンから足元のローファーまで目線を走らせた。
「何でお前がそんな格好をしなきゃならないんだ」
「だって頼まれたから…」
「断れ。何でもすぐ引き受けるな。だからいいように使われるんだ」
その物言いにアイチは思わずムッとして答えた。
「似合わないのは分かってるよ。僕が好きでやってることだから、ほっといて」
「…似合わないとは言ってない」
アイチの反論に一瞬目を見張ったが、櫂はポツリとつぶやいて出て行ってしまった。
残されたアイチは顔をしかめながら、手の中のカップを見つめた。
「あんな言い方しなくても…」
「ほんとにな」
いつのまにいたのか。櫂と同じように壁に背を預けた三和が、その後ろ姿を見送りながら苦笑した。
「アイチが好きでやってることなら、櫂だって文句は言わないさ。…ただ、アイチは優しいからさ。本当は嫌な思いをしてるんじゃないかって、心配してんだよ」
「……」
「アイチは分かってるよな?」
アイチは頼まれたら断れない性分だ。それだからいいように利用されてきたのも事実だし、櫂が自分を心配して注意してくれていることも分かっていた。痴漢に遭って恥ずかしい思いをした時も、彼が自分のためにどれだけ心を傷めたか知っている。だけど、少しの間だからと引き受けてしまったのは、ちょっと軽率だったかなとアイチは思った。
「僕…櫂くんに謝ってきます」
「…それがいい」
「櫂くん…あの、」
櫂は店の隅のテーブルで腕を組んで目を閉じていた。
櫂は怒ると何も言わなくなり、他人を寄せ付けないオーラを出すので、この状態の彼に話しかけるのは、近い関係にあるアイチでも勇気のいることだった。
「ご、ごめんね。もうこんなことしないから…」
アイチは気を遣って、壁の向こう側から顔だけ出して、遠巻きに呼びかけた。
「オレが勝手に機嫌を損ねただけだ。
気にするな」
本当はもう怒ってはいない櫂だったが、どうにもこちらから謝るのは癪なので、大人気ないのは承知でそっぽを向いた。
「気にするよ…」
「櫂くんに嫌われたくないから…」
いつまでも壁の向こうで身を隠している、アイチの腕を掴んで引っ張り出す。スカートが揺れ、フワリとレースが広がる。アイチが見上げると、また櫂の眉間のしわが深くなっていた。
慌てて身を引こうとするが、がっしり腕を掴まれ身動き取れない。痛い程視線を浴びて、今更ながらアイチは恥ずかしくなってきた。
「恥ずかしいならやるな」
「うっ…やっぱり気持ち悪いよね…女装なんて……」
自分で言って傷ついている様子のアイチに櫂は溜息を吐いた。
ここで放置するとまた誤解を生んだままになる。
「オレはお前が好きでやってることに、とやかく言うつもりはない」
「うん…」
「男らしくしろ、とは言わない。警戒心が足りないと言ってるんだ。」
それについてはそろそろ自覚してもらわなければならない。アイチ自身が思うより、彼は魅力的で危なげなのだ。
「ごめんなさい…」
「それに…オレの好みじゃない」
えっ、と顔を上げたアイチに、櫂は意味深な笑みを浮かべて、耳元に唇を寄せた。
「おしおきだな…アイチ」
「この子の体型、クラスの女子に近いから、モデルになってもらったのよ」
アサカの学校の文化祭で、アリスをイメージしたカフェをやるらしい。
「なーんだ!アイチがメイドやるわけじゃないのね。良かったな、櫂?」
「ふん…」
「またまた〜!ホッとしたくせに」
「お疲れ様。はい、これあげる。」
アサカはアイチの手に、先ほどアイチが着けていたリボンを乗せた。
「えっ、いいんですか?」
「ほんのお礼よ。あんたが使ってくれてもいいし、妹さんにあげてもいいわ。付き合わせて嫌な思いさせて悪かったわね。」
「いいえ!僕はそんな……」
「あいつに、よ」
アサカは櫂の方をちらりと見て、それからアイチにウインクした。
そして仕立てた服を入れた紙袋を両手に下げて、颯爽と店から立ち去った。
「嵐のようだったな…」
元の静けさを取り戻した店内に、ホッと息を吐き、ミサキが留守で本当に良かったと三和は思った。
櫂は椅子に腰掛けたまま、アイチを側に手招いた。
「あの服は気に入らないが…」
アイチの手からリボンを受け取って、アイチの首に掛けた。
「…これは気に入った」
首元に蝶結びにして、櫂は満足そうにアイチを見上げた。
「似合うな」
アイチは照れながらも、うれしそうに笑った。