世界が終わる前に、君と

□うたて
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「志藤くん、神代くんと会ったらしいな」
「ッ?!」

凛子とお茶(というかコーヒー)をしばいたその足で出社し、作業を黙々こなしていると突然背後から声が掛かる。
イヤホンの装備忘れが、こんなにも驚きをもたらしてくれるとは……
土曜日の午後。いまのところ、このオフィスにはアサヒ(と音もなく現れた背後の人物)しかいない。

「お、おつかれさまでーす」
「……」

明るめに言いながら振り返ってみたのだが、予想に反して茅場の表情は芳しくなかった。
……もしかして…………怒ってる?

「あ……あの、すみませんでした!」
「なにを謝る?」
「あ、えっと、会ったことを、その……ふたりきりで……お茶、いや、コーヒーしただけですよ!」

咄嗟に椅子から立ち、ペコリと謝罪の意をこめて頭を下げるが、降りかかる茅場の声はいつも通りのようにも、そうでないようにも聞こえる。
茅場の問いに勢いよく答えるが、頭を下げたままでは声が下に落ちて伝わってるのだかよく分からない。

(ていうか、コーヒーしただけってなんだ、おれ……)

浮気のボーダーラインは人それぞれであると思うが、茅場の地雷がもし「異性とふたりきりで会う」ことであれば、ここはアサヒが真っ先に謝っておくべきである。呼び出したのが凛子であろうと言い訳無用!男子たるもの行動あるのみ――というか状況的にそれが好ましい気がする。

「……いや」
「……?」

おそるおそる顔をあげれば、珍しく困惑したような茅場の顔があった。

「……いや、そういうことではなく……」
「……?」

茅場の奇妙な態度に疑問符が増える。
というか、この男は土日も当たり前のように存在しているな……。人のことはいえないが、一体いつ休んでいるのだろうか。頭の片隅で全然関係無い疑問がついでに浮かぶほどだ。

「……彼女からのメールで……知った。君達が今日、会うと……」
「え」
「…………メールでやり取りしているというのも、今日知らされた」
「え゛」

つまり、つまり…………つまり?!

「!! あ! あの! 茅場さん、本当、なにもないです! 会ったのも今日が初めて……あ、いや、以前も会社前で会いましたけど! あ、あの、なんならメール履歴見てもらっても――」
「……いや……そうではなく……」

そ、そうではなく…………?

アサヒは茅場の言わんとしていることがさっぱり掴めなかった。
それはどうも茅場も同じらしい。口元に手を当てながら、難しい顔をしている。慎重に言葉を選んでいるのか、間を持たせて喋る様は珍しいが茅場らしくなかった。

「まぁ……メールはできれば……控えてもらえると……」
「あ、ひ、控えます! 控えます!」
「…………」

じっと茅場に見下ろされる。
蛇に逢った蛙状態……。

「あ、の、すみませんでした……か、隠していたわけじゃ……あ、いや結果的にそうなんですけど……てっきり神代さんが……茅場さんに、話してるものかと……」
「……」
「……お、怒ってます?」
「……いや、驚いた……ただ……なんというか……」

茅場はまた言葉を濁らせる。

「……とにかく、メールはなるべく控えてほしい」
「は、はい!」

そんな締めの言葉を最後に、茅場はふらふらと去ってしまった。
浮気云々ではないと言いつつ、メールは控えてほしいなどと矛盾発言をする辺り、この男なりに動揺しているのだろうか。よく分からない。

凛子もなぜ黙っていたのだろう――喫茶店で目にしたあの悪戯っ子のような笑みが浮かび、存外茅場に対するドッキリとか、一本とってやったとか……そんなもののような気がする。


凛子に《メール控えたまえ伝令》の件を連絡すると「私も茅場くんに言われました」と返信が来た。
元々の量がそんなに多くないのだから気にすることは無いと凛子は言ったが、アサヒとしては気が気ではない。
落ち着かない状態であるというのに、彼女はさらに爆弾を投下した。


―― 彼、アサヒくんのことで私に妬いてるみたい
   アサヒくんが自分とじゃなくて、私とメールしてることがきっとおもしろくないのね


アサヒは飾り気のないメールを五度見し、先ほどの茅場の言動を思い出し……――ぼんっ、と爆発した。

アサヒはトイレに駆け込み、手洗い蛇口をひねり冷たい水を勢いよく顔に浴びた。
メールにはさらに、とんでもないことがサラリと続いていた。
鏡を見れば、水滴だらけでも赤みがマシになった顔を目にし、溜息と共に凛子のメールが脳裏に浮かんだ。


―― あの人、絶対に自分からアサヒくんのアドレス聞けないから
   よかったらアサヒくんから聞いてあげてね


 絶 対 無 理 ……アサヒは思った。

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