テストプレイを終えてから、アサヒの心中は穏やかでなかった。 バーチャル世界を体験した興奮と女体化した自分と茅場からのセクハラ……という、かなりミスマッチな組み合わせが常に頭の中を占めている。 ……ついでに生き埋めにしたアレも、しぶとく生き残っているらしい。 アサヒは出来るだけ仮想空間アインクラッドへ思いを馳せようと、利き手を動かしながら奇妙な集中をする。 少しでも気を抜くと、あの時の――茅場に触れられたときの、手の感触だとか、声や匂い、自分の動悸まで鮮明に蘇りそうでとてもよろしくない。 テストプレイは第一層のみだったが八時間費やしたところで、あのフィールド内の十分の一も攻略しきっていない。そもそも“必須行動”の指示として、NPCとの会話のやり取りだとか、アイテムの売買・装備・使用やモンスターの出現確認だとか、細かで地味な作業が続いたが冒険気分で楽しいものだった。 結局“任意行動”だったクエストなんて一つしかできていない。それでも自分の描いたモンスターが立体になり生命を宿し動いているというのは感動せざるを得なかった。「うわー!すごい!動いてる!すごい!」とモンスター相手にはしゃぐ美少女アサヒを横に、苦戦するイケメンマルさんが「ちょ、死ぬ!」と言って死に戻りをしたのはいい思い出だ。 「アサヒちゃーん」 「……アサヒちゃんは架空の人物です」 「徹夜?」 「……まあ明日学校もないんで」 二十三時過ぎのオフィス内は、この時間特有のメンバーのみだ。アサヒの返事に、マルさんは制作途中の様子を覗き込む。 「えー! これ、まだ締め切り余裕あるのに」 「でも家より会社でやる方が捗るんで……あと余裕持ちたいんで……」 本心からの発言だが実のところ、またテストプレイの機会があったときのためにスケジュールに余裕を持ちたい――という下心があったりもする。開発部からは「今後の予定はない」と聞かされているので望み薄ではあるのだが。 「……とりあえず、ちょっと寝ます」 「帰れよ!」 「明日帰ります……」 アサヒは打ち合わせ用の別室に移動する。アサヒがアルバイトで採用された当初こそ、ごみごみ空間だった打ち合わせ室は今や二分の一が片付いている。なぜなら、座り心地寝心地共にサイコーソファーが仲間入りしたからだ。 ソファーに倒れこんだところでガチャリと扉が開く。マルさんだ。 アルバイト故に残業代とは無縁のため、上司がそこまで終電徹夜を気にすることはないのだが、それでもマルさんはステキ上司らしく心配をしてくれる。 「まじ徹夜?」 「まじ徹夜」 「うーん……まーいいけどさ。あれ、そこタオルケットなかったっけ」 「なくても寝れます……」 暖房効いてるし……と思ったのだが、マルさんは消えていた。わざわざ探しに行ったらしく、数分後「タオルケットないんだけど!」と報告をしてきた。 「すみません、大丈夫なんで……」 「……なんかすんごい眠そうだから、俺はもうなにもいわないよ」 「はい、お疲れ様です……」 「あ! お疲れアサヒくんの為にお土産机に置いといてあげるからね!」 「あ、はい、どうも……」 なにもいわないんじゃなかったんかい。 心の中で小さくつっこみをして、アサヒは眠りに落ちた。 ** ……あったかい。 なにかがズシリとアサヒに覆いかぶさっている。 うっすら目を開けば、片付いていない方の室内が徐々に輪郭をはっきりさせていく。照明は必要最低限しか灯っておらず薄暗い。物音がしない。もう自分以外は帰ったのだろうか。目を凝らして壁掛け時計を見れば深夜二時過ぎ……思ったより寝すぎてしまった。携帯をデスクに置いたまま寝てしまったのが迂闊だった。 体を微動だにさせたとき、アサヒは自分の体を包んでいる物の正体に気付いた。 ……毛布だ。 マルさんだろうか。何処から見つけてきたのやら。 アサヒは体を起こし、軽く伸びをする。 立ち上がったところで肌寒さを感じ、アサヒは退かした毛布をぐるりと全身に装備した。 毛布を引き摺りながら打ち合わせ室を出る。 なにもリアクションが無かったため、てっきりアサヒ一人かと思い込んでいたのだが、予想に反して男は静寂の中にいた。 ビクッとしたアサヒに気付くと「おはよう」と言い、白衣の男――茅場はなぜかアサヒの席で足を組み、なにかを読んでいた。 「……茅場さん……?」 「徹夜するなんて随分仕事熱心だな、君は」 「……セクハラ茅場さん……」 「……」 会うのは、あの日以来だ。 茅場はアサヒに目を向け「その毛布、気に入ったのか」と、聞こえていただろう呟きについては触れなかった。アサヒは茅場に言われ、自分を纏うあったか毛布を見てコクリと頷き、ふと気付く。 「……もしかして、あの、これ」 「開発部の使っていないものだ。気に入ったのなら、ここの部にあげるよ」 「え……あ、どうもです……」 …………開発部から、わざわざ持ってきたのか? |