世界が終わる前に、君と

□偽りの真実
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「おれ、血盟騎士団……というか、ギルドには今後も入るつもりないです」

アサヒの固い一言に、ヒースクリフは眉を持ち上げ微かに鼻で笑った。
「座ったらどうだ?」と促され、扉の前で突っ立っていたアサヒは重い足取りで応じる。

血盟騎士団ご一行様の中、赤白装備でないアサヒはあからさまに浮き、ギルドとしての活動が解散するまでアサヒは仮想の胃が痛む思いだった。ヒースクリフの意味深な笑みと背中に刺さる一部のギルドメンバーによる白い視線は避けようが無く、例えアスナから微笑みを向けられようと精神的疲労は癒しきれなかった。

(……おれってつくづく流されやすいよな……)

アサヒは装備を解除したヒースクリフと向かい合いで、ソファーに腰を降ろす。思っていたよりも体が沈み、うっかり姿勢が崩れかける。

ヒースクリフがホームにしている一室は、アサヒであれば幾らコルが足りていようとも絶対に手を出さない良物件だった。たまにギルドの会議場として使うことがあると道中聞かされてはいたが、それにしても一人住まいには十分すぎる広さと控えめながら豪華さがある。部屋の左右で数箇所のドアを目にし、わざわざ寝室やら何やらが別れているのだと感心する。
アサヒが今まで利用した部屋といえば、ベッドがどーんと設置された最低限の寝食が約束されているだけの質素なワンルームだ。

「残念だな。君が入ってくれれば戦力として大いに心強いんだが」
「!……」

やっぱり……――半信半疑の発言に答えられホッとするような、複雑な思いを絡めながらアサヒは目線を落とす。

帰路の最中、アスナに聞かされたのは先日のデートまがい……二人きりで居たところを目撃した者が多く、ギルド内の一部では「もしかして勧誘しているのではないか?」と専ら噂になったという事だった。
早くもアルゴにその情報を伝えた者もいるのだから、アサヒとしては逆にヒースクリフの心中が気になってしまった。自分のような《ビーター》がトップギルドであるKoB団長殿と関わるのは、ギルドとしても、ヒースクリフとしてもイメージダウンに繋がるのではないか……しかし、ヒースクリフはアスナの間に入ることも無く、結局“勧誘”について触れることはなかった。

その沈黙が、アサヒには肯定のように思えた。
また“大事な人”だの“口説く”だの意味深な言葉で、からかわれただけなのでは……。

「ただ……何か勘違いしているな」
「え……」

アサヒが顔を上げるのと同時に、向かいのヒースクリフが立ち上がる。
突然の動きに驚いていると、ヒースクリフはアサヒの隣に腰を降ろした。ドッと重みでソファーが揺れ、崩れかけた体勢を整えようとするがそれは適わず、アサヒの上体がソファーに沈んでいた。ヒースクリフがアサヒに覆いかぶさるよう迫り、垂れる鉄灰色の前髪がアサヒの頬に触れるほどの距離だった。 

「私の言った事を、もう忘れてしまったのか? 私が今日、何の為に君を部屋に招いたか……」
「ギ、ギルドの、勧誘じゃ……」

何とか目を反らさずに憶測を述べると、ヒースクリフは少し口許を緩めるが真剣みを帯びた声色は変わりなかった。

「君が加入してくれるとなれば勿論嬉しいが、それよりも……個人的に、アサヒ君を私だけのものにしたい」
「……え………………――えっ?!」

体温が徐々に上昇していくのが分かる。
完全に目を反らす機会を失い、戸惑いに瞬きを繰り返すアサヒをヒースクリフは見つめ続け、硬質な低音がさらにアサヒを追い詰めていく。

「誰かに強く興味を惹かれたのは君が初めてだった」
「は――?!」
「日に日に君の存在が、私の中で掛け替えの無いものになっていった。私自身、不思議だったが君と居ると確かに安らぎを感じ……いつしか君を、君の全てを手に入れたいと考えるようになっていた……」

一体ヒースクリフは何を言っているのだろう……。
信じ難い言葉の数々はアサヒの頭の中で処理しきれないままに溜まり、ゆっくりと浸透していくことでアサヒの熱を高めていく。
ヒースクリフはアサヒの様子にふっと笑み、何かを懐かしむよう表情を和らげる。

「今思うと、一目惚れだったかもしれない」
「……」

初めて会ったのは第三層の……迷惑しか掛けていないあの泥酔姿から、一体どこに惚れ込む余地があったというのか。熱弁されるほど、アサヒはヒースクリフと交流した記憶はないのだが、些細なやり取りまでもが含まれているのかもしれない。

真鍮色の瞳がアサヒを映し、見下ろす。まるでボス攻略戦時のような――否、それ以上の緊張がアサヒの体を駆け巡り、ヒースクリフから眼を離すことを許さなかった。むしろ、これは騎士の標的となったモンスターの心境に近いのかもしれない。
アサヒを見つめる真鍮色が微かに揺れ、ヒースクリフは溢れるままに一音一音をアサヒへと落としていく。


「――君が好きだ」


告げられた短くも核心的な一言は空気を裂き、溜め込んでいたものを吐き出すかのような重い響きがあり――何を言われたのか、それがどういう意味なのか、瞬時に理解することが出来なかった。

「な……」

ふざけているのではないのだと、ヒースクリフの様子から嫌というほど読み取れた。アサヒは困惑を隠せず、鼓動を早めながらヒースクリフを見つめ返す。

確かに、ヒースクリフの思わせぶりな言動の数々にはアサヒも意識してしまっている節はあった。だが、それもあの男の影があったからに過ぎない。

「なんで……――ッ……」
「……!」

搾り出せた声は情けないほど震えていた。途端にアサヒの視界が潤み、ボロリと涙が溢れ始め――ヒースクリフ同様、驚いてしまった。慌てて手で拭うものの、ボロボロと滴は零れ続け、胸のあたりで覚えのある痛みが何かを訴える。
ヒースクリフの告白が、泣くほど衝撃的だったのだろうか……原因不明の涙にアサヒ自身戸惑っていると、ヒースクリフの手が僅かに躊躇しながらもアサヒの赤い頬にそっと触れた。

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