「ごめんなさいっ!」 謝罪を口にしながら、目前の美少女は晴れやかな笑顔だった。 隣で同じようにポカンと突っ立っていた大男が、困惑した様子でアサヒを見下ろし、数メートル先で異様な存在感を放つ人物と、先の第一声に対し混乱を口にする。 「おい……こりゃ一体、どういうことだ?」 アサヒの方こそ説明してもらいたかった。 だが一つだけ――開かれた扉の向こう、控えめな上品さを漂わせる内装と妙に雰囲気の似合う男を目にし、アサヒは確信する。 (……やられた!!) 後悔先に立たず。 アスナに「どうぞ」と招かれ、アサヒはエギルと共に重い一歩を踏み出す。 視線を感じ、うっかり目を向けてしまうと予想通りヒースクリフへと行き着き、様々な思いを胸に、ぐっと唇を結ぶアサヒを見るやヒースクリフは微かに笑った。 ** 遡ること三日前。 アサヒはその日も一人寂しく狩りをし、一応は攻略組参加に支障が出ない程度のレベル維持に努めていた。 以前にも増して、攻略組を担う一人としての志気が落ちかけてはいるのだが、やる気を後押ししたのは忘れ難いキリトとの一件だ。最前線から十も下層のフィールドで活動しているにも関わらず、キリトのレベルはアサヒより未だ上をキープしているようだった。それがアサヒの悔しさに火を点け、同時に別の悔しさも込み上げる。 せっせと本日の業務もとい狩りノルマを達成したアサヒは街に戻り、ふらふらと当ても無く彷徨っているところへ件の仕掛け人はやって来たのである―― 「アサヒさん」 背後から可愛らしく呼びかけられ、ピタリと足を止める。 振り返ると、赤と白を基調とした騎士服姿の美少女――血盟騎士団副団長アスナが微笑んでいた。少し離れたところで、これまた赤白のカスタム装備に身を包んだ厳つそうな男二人組を目にする。 「……お疲れ様です!」 「はい、お疲れ様です。……敬礼するってことはKoB加入を少しは検討してくれてる、ってことでいいんですか?」 血盟騎士団員の如くビシッと敬礼する様を真似ると、アスナはくすくす笑いながらも敬礼を返し、さりげなく答え難い事を織り交ぜる。 手を降ろしつつ、ごにょごにょ口篭るアサヒにアスナは「冗談ですよ」と助け舟を送り、背後の護衛らしい男達に一瞬目を向けてから声を潜めた。 「……あの、ちょっと個人的なお願いがあるんですけど」 「……え?」 真剣な眼差しで見上げてくるアスナと、“個人的”という響きに少しドキリとしてしまう。 「《料理》スキルの事で……」 「あ、あぁ、うん……どうしたの?」 言い淀むアスナに、アサヒは悩む姿もサマになるなぁ、と呑気な所感を抱く。 「その……アサヒさんさえ良ければ、ですけど」 「? うん……」 「……食事会をしませんか?」 「……うん?」 ぱちぱち目を瞬かせ、きょとんとするアサヒを見上げながらアスナは真面目な様子で続けた。 「お互い《料理》スキルを習得しているわけですし……独自のレシピや調味料の情報交換も兼ねて、料理も楽しめればいいなぁって思ったんですけど……」 「え……えぇ?!」 あの血盟騎士団副団長殿から、アスナから――お誘い……?! 驚きに声を上げてしまうと護衛二人組が少し動きかけるが、アスナはいち早く察知し手で制する。 「あ。もちろんわたしとアサヒさん、二人っきりなわけじゃないですから安心してください」 「……」 そこは、アサヒがアスナに気遣うべき台詞なのではないだろうか……。 若干落胆するアサヒに気付かないまま、アスナは微笑を崩さず柔らかな物腰で提案する。 「場所もこちらで用意しますから。アサヒさんの都合がよければ、ですけど……」 「……うん、いいよ」 「本当ですか! ……あ、ちょっと待ってください!」 メッセージでも受信したのか、アサヒの了承を聞くや突然右手でなにやら操作し始めるアスナを少し落ち着かない様子で眺める。 平常を装うものの、アインクラッドのアイドル的存在であるアスナから《個人的な食事会》のお誘いを受けるだなんて。アサヒは胸中で、下層の黒髪少年に「すまん……しかし、これは恐らくお前に罰が当たったんだろう……」と謎の教訓を諭した。 「……明々後日の十七時頃なんてどうですか?」 「……うん、大丈夫」 その日は特に先約もない。 アサヒが頷くと、アスナは開いたままで居たメニュー画面にぱぱぱっと指を走らせる。メッセージを打っているのか、何か操作しているのか可視モードではないので分からない。 「じゃあ……お互い《料理》スキルを知られてもいいお友だちも連れてくる、ってことで……」 「……!」 ……もしや、この流れは……とアサヒが思いかけたところで、アスナは真っ先に否定した。 「あ、あの黒い人は除いてくださいね」 「えっ……う、うん……」 暗にキリトを連れてきて欲しいものなのかと思えば、そういうわけでもないようだ。 余計にドキドキしてしまうのを抑えながら「アスナは誰連れてくるつもりなんだ?」と問いかけると、アスナはそれまで微笑だった口許を僅かに震えさせる。 「そうですねぇ、アサヒさんとお話が合いそうな方がいるので……」 「……女の子?」 「……女の子がいいですか?」 直球に聞き返され、うっと返答に詰まっているとアスナは意地悪な笑みを浮かべた。 「楽しみにしていてくださいね」 |