これって絶対セクハラだ。 思いながら、おれは任務遂行を果たすべくコンビニの雑誌コーナーの奥……成人向けゾーンにて雑誌を一つ一つ手にし、誌名を確認する。 (快楽源……快楽源……あ、あった……) 甘ったるく顔を火照らせた裸同然の美少女絵を目に、おれまで顔が熱くなる。 手に抱え込んでいたペットボトルやお菓子で雑誌を隠し、そそくさとレジへ早歩きで向かった。 大丈夫だ。 例え此処で先輩方に会ったとしても「パシリにされたんです!」と云えば、大方事情を察してくれるだろう。それでも多少いじられることは避けられないだろうが。 少し混雑気味のレジで、今か今かと落ち着かない様子で待っていると漸く店員さんからお呼びが掛かる。 きたっ……レジのおばちゃんに見られるのも恥ずかしい事この上ないが、袋に入ってしまえばこっちのものよっ……! パッと表情を晴れやかにし、一直線にゴールへと向かったおれは完全に注意散漫だった。 「! あ、すみませ――」 人にぶつかり、しっかりホールドしていた両腕が緩みばさばさと床に商品が落ちる。 慌てて身を屈めると、一番に回収すべきブツへと手を伸ばしかけ―― 「!!」 「……」 動きどころか一瞬心臓さえ止まったような気がする。一瞬死んだ気がする。 おれが数秒前までこそこそ手にしていたエロ漫画雑誌は、今此処で一番会いたくない男の手にあった。 表紙を眺め、おれを見つめ、無言で差し出される。 「あ……の……」 だらだら汗が止まらないでいるおれに、茅場はテキパキと床にぶちまけてしまった商品を拾ってはおれに託し、全てが済むと「気をつけて」と一言添えて店の奥、飲料水コーナーへ向かう。 おれは店員からの再三の呼び掛けに応じ、思考が真っ白なまま会計を終えた。 ** アーガスに一番近いコンビニを利用するべきではなかった……。 とはいえ、くだらない上司命令にわざわざ人目を気にして遠出をする必要性も感じられなかった。それならさっさと終わらせてしまったほうが効率的だ。 事情を知らない社内の人間に会ってしまうことは覚悟していたが、よりにもよって茅場に目撃されるとは……茅場とは、以前も上司から借りたエロ同人誌のせいで悶着が起こっている。なにか呪いでも受けているのだろうか。 「……!」 コンビニの外で茫然自失気味に人通りを眺めていたおれは、目的の人物と再び対面した。 白衣を着ていない男のネクタイは少し緩み、首から引っさげているパスと、手にしている缶コーヒーが入っているらしい小さなコンビニ袋がいかにもサラリーマンの小休憩を思わせた。 おれを見るや、茅場は少し驚いたように目を瞠る。 「あの……違いますからね」 「……なに?」 「だ、だから……さっきのは……これはっ……おれの買い物じゃないですからっ!」 「……」 茅場はおれの必死な言い訳というか正当な理由を、いつもの変わりない表情で受け止める。視線だけが少し下がり、おれの手元を確認したようだった。 理解してくれているのか、いまいち不安の消えないでいるおれに、茅場はポツリと告げた。 「……そんな事を言う為に、私を待ってたのか?」 「! まぁ……はい…………誤解されたくなかった……ですし……」 おれにとっては【そんな事】程度ではない――筈だったのだが、改めて言われてみると確かにわざわざ待った上で説明するというのは……それも、同じ部署の者でもないのに……なんだか変な心持ちで、恥ずかしさが上回ってくる。 勝手に狼狽するおれを、茅場は鼻で笑った。 「分かってたよ」 「……え」 「君にしては趣向が大人しいと思った」 「?! ちょ……」 とんでもないことを平然と言い放ち、歩き出す茅場の後を追うように続く。 確かに件の雑誌表紙は、以前の同人誌たちに比べれば可愛いものである。しかし、そこは商業誌と個人誌の違いというか、あれらはマルさんの性癖がふんだんに発揮されていたせいというか……カッカッと顔中に熱の上昇を感じながらも、おれは茅場を見上げ言い返す。 「どういう意味ですかっ! ていうか別に、おれこういう漫画とか好きなわけじゃ――」 「好きじゃないのに借りていたのは誰だ?」 「うっ……ち、違うんですっ……違いますっ! あれだって、たまたま……」 「なにが違うのか、納得のいく説明をしてほしいものだな」 あっという間に本社へと戻り、その間もおれは茅場に揚げ足を取られては反応を楽しまれていた。 おれが上階行き、茅場が地下行きのエレベーターを待つ最中、すっかりペースに翻弄されてしまったおれは、ぐるぐるの思考で無理矢理矛先を茅場へと転換させた。 「か……茅場さんこそ……えっちなこと考えてるんじゃっ――!」 言ってから、すぐに後悔した。おかげで少し正気に戻ったともいえる。 まずい!いくらなんでも……茅場と親しいなどと称される間柄ではあるが、下ネタなんて新境地すぎる。いや、今までもセクハラはされているのだが、それにしてもおれからこういう風に仕掛けた事はない。 「……!」 すぐさま撤回しようと口を開きかけ、声が出なかった。 茅場の片手がおれの頬に触れ、するりと肌を撫で付ける。驚くおれを見下ろしていた茅場の顔が徐々に近付き―― 「私が……なんだって?」 「!!」 耳元で囁かれた低い声は、いつもと余りにも違う――どこか甘いものが漂う響きに、不覚にも鼓動が高鳴ってしまった。 「あ、の……」 体をぎこちなく後退させ、茅場の手から逃れる。 真っ直ぐ注がれる視線からは逃れきれず、おれは顔の赤みを消せないまま精一杯の謝罪を口にした。 「ごめんなさい……」 茅場がふっと笑い、同時にエレベーターが下行きの到着を告げる。 周囲に人の気配が無かったことにホッとしながら、おれは茅場を見送ろうとするが不意に手首を掴まれ引き寄せられていた。 「君の困った顔は、なかなか見応えがあるな」 「?! ッ――」 またも耳元で、低い声がおれを惑わせる。 余計に収まりのつかなくなったおれの赤い顔を目に、茅場は可笑しそうに僅かだが表情を緩めエレベーターに乗り込む。 おれは「お疲れ様」の挨拶も出来ず、ただ閉じていくエレベーターをその場で突っ立って見送った。茅場の視線が、おれから外れることは無かった。 ●連載でいう距離感〜矛盾くらいの話?(適当) 納得のいく説明をしてほしいってどこかで聞いたことがあるぞ…(すっとぼけ)上下関係すら楽しんでそうな茅場さん。茅場さんか?これ……w この茅場さん二週目じゃね?(笑) 2014/05/16 |