「! あ、お疲れ様です」 「……」 小休憩にと非常口兼喫煙所で、おれはいつも通り階段に腰掛け風にあたっていた。背後から近付く足音に気付き振り返れば、思っていた通り書類片手に白衣男の姿。 ただし、その表情だけは想像とは違う――不機嫌そうな、怪訝そうな、おれを見下ろす茅場の冷めた瞳に思わず気圧される。 「……」 「……あの……?」 茅場は無言でおれの隣へと降り立ち、黙ったまま腰掛けてくる。 おれは初めて目にする茅場の態度に、知らず粗相でもしてしまったのだろうかと全身を緊張させた。 「……きみ」 重々しく口を開きながら、茅場はおれに目を向けない。 「……私に何か、言う事があるんじゃないのか?」 「…………え」 唐突に言われ、どきりとしてしまうものがあった。 茅場の発言がすぐに秘めたはずの想いに繋がってしまい、そんなわけはないと否定する。 恐らく仕事絡みだろうと憶測で思考を働かせるが、茅場に報告しなければいけないことなど思い当たらなかった。第一、SAO関連の仕事に関わっているとはいえ、部署も違えば茅場が直属の上司というわけでもない。 「え……と、あの……おれ……なにかミスでもしました……?」 「……仕事の話ではない」 とりあえず茅場に疑問を返せば、きっぱりと憶測ごと否定されてしまった。 ――“仕事の話ではない”? それはそれで、おれを新たに混乱させるヒントだ。 茅場に仕事以外で――またしても、おれの鼓動が小さく跳ねる。いや、まさかそんな……ありえない。 おそるおそる探るよう隣へ視線を移せば、相変わらず眉を顰めた険しい顔つきの茅場と目が合う。 「!……」 「……志藤くん」 再び、茅場が重そうに口を開く。 複雑な顔つきは、おれが言い出すのを待っているようにも見える。反面、おれの想いに気付き、それを暴露するのを待っている……とは、とても思えなかった。だが、茅場の求めるものが何なのか、おれには全く見当もつかない。 じっとおれは茅場を見つめ返し、だが茅場もなかなか言葉を続けようとしない。お互い押し黙っているとついには茅場がおれから視線を反らし、濁し濁し語り始める。 「……君が言いたく無いならいいんだが……。相手の方は早々私に報告してきたから、君もするんじゃないかと思っていた」 「……? え? ……あの……一体……」 いまだに話が読めない。 おれが訝しげに小首を傾げると、茅場は微かに苦笑した。 「……比嘉くんと……付き合ってるらしいな」 「……………………は?」 疑問の答えだろうに、おれはさっぱり理解できなかった。どころか疑問符はさらに増え、目の合わない茅場を見つめながらおれまで眉間に皺が寄っていく。 「……正直、君と比嘉くんがそういう関係になるとは思わなかったから驚いた」 「え、あ、あの……」 「君たちはまだ会って間もないだろう……そもそも、あの後も交流が続いていたことにも驚きだが………………ただ、一つだけ聞きたい」 混乱するおれに茅場は訥々と語り、再び向けられる視線は微かに厳しいものが見え隠れしていた。 「……なぜ比嘉くんなんだ?」 「……は、はい?」 「……彼のどこが気に入ったんだ?」 「……や、あの待ってください、茅場さん、おれ……」 「……話したくないのか?」 混乱の渦中にありながらも、おれは率直に茅場の誤解をとくべく声を上げる。 「おれっ、比嘉さんと付き合ってないです!」 「……」 「なにを勘違いしてるのか知りませんけどっ! おれと比嘉さん、そういう関係じゃないですっ!」 「…………比嘉くんが、メールで私にそういった旨を報告してきたんだが」 「?! な、そ、それっ嘘ですよ! 悪い冗談ですよっ! 本当におれ、付き合ってるとかっ、ていうか、――――っ、と、とにかく違いますからっ!」 「……」 力の入ったおれの否定を、茅場は途中で水を差しつつも黙って聞き入っていた。うっかり「他に好きな人がいる」と言いかけてしまうところを寸前で止め、代わりに胸中で叫ぶ。 ――好きなのは、茅場さんなのに。 「……違うのか」 「違いますよ……ていうか、なんで信じたんですか……」 おれの問いに、茅場は答えなかった。 ただ黙って見つめ返し、おれの様子から真相を汲み取るや漸く険しさを潜め深い溜息を漏らし、やがてポツリと答える。 「……比嘉くんなら……君とうまくやっていけると思ったから」 「……?! はっ?! ちょ、な、なんですかそれっ……!」 そもそも、茅場は同性愛に理解があるのか……?と若干ズレたことを思いながら、おれは慌ててしまう。理解があるのは……結構なことだが、なにゆえ比嘉との相性を茅場に認められなければならないのだ。 「……彼は、君と歳も近いし……いろいろと話も合うんじゃないか」 「いや、でも、それはいい友だちとしてというか……」 「……あんな悪戯メールをするくらいだ。むしろ比嘉くんは君に好意があるんじゃないか?」 なんとなく、投げやりなようにも聞こえる茅場の問いかけにおれはうっかり顔を赤らめてしまった。まさか、茅場にそんな――色恋沙汰の話をされたのもそうだが、お互い共通の知人から好意云々などと口にされるとは思いもしなかったからだ。 「なっ……なに言ってんですか! おれ、比嘉さんとは本当にいい友だちで居たいですしっ……そういうの、ないですからっ! 本当にっ!」 「…………本当に?」 向けられる茅場の真剣な顔つきに、つい怯んでしまった。 「! ほ、本当……に……」 「…………」 茅場は押し黙り、再びおれと目線を交わす。 不自然に終わった会話は、見つめられることで再開させる気にもならなかった。どきどきとうるさい鼓動と緊張を体内に宿らせながら、おれは茅場の視線から逃れられず、ただ相手の出方を待つしかない。 「……志藤くん」 「……!」 茅場の手がおれの手に触れ、柔く掴む。 ぴくりと小さく驚きを体現するおれに構わず、茅場は真っ直ぐおれを見つめ続け静かに告げた。 「……いつか君に好意を持つ人間が現れたら……君は、その人を受け入れるべきだ」 「……な……なんですか、それ……」 あまりにも――茅場らしくない発言におれは少し戸惑い、それでも努めて明るく言い返す。 茅場は曖昧に苦味を含んだ笑みを浮かべ、おれの手を離し立ち上がった。いつも通りの挨拶の後、背中を向け去っていく茅場を座ったまま見送る。 どうしてか、暫くそのまま動けなかった。 ●ジェラシー茅場をかきたかった。「いつか〜」は自分のことじゃないです。この茅場さんは夢主君の好意に気付きつつ、先のこと(SAO)を考えて夢主君から離れようと頑張っているかんじ。(笑) 2014/08/22 |