「ん……」 ふと瞼が自然と開き、温かい布団の中でおれは朝の訪れを感じ取った。 まだ陽が昇りきっていないのだろう淡い空の明るみが窓から射し込み、一日の始まりをどことなく澄んだ空気が伝える。 「……ひーす……」 おれは向かいの想い人に縋りつきながら、その顔を見上げ――あれ?と意表を突かれてしまった。 (! ……寝てる……?) ヒースクリフの瞼は閉じたまま、穏やかな寝息が繰り返されている。 いつだってヒースクリフはおれより先に起きて、用が無い限りはおれが起きるまで飽きもせずずっと寄り添っている。 こんな日もあるものか、と珍しい気持ちになりながら、おれは巻きつく重い腕も気にせず、今一度ヒースクリフの寝顔をじっくり観察してやろうと身を乗り出した。 「……」 じー……と寝顔を見ていると、不意にある疑念が浮かんでくる。 実は寝たふりをしている……とか、有り得るのではないだろうか。 「……ひーす」 呼びかけてみる。反応は無い。 「……ひーす!」 ちょっと強めに呼びかけてみる。やはり反応は無い。 ついでに、むにむに頬を控えめに抓ってもみたのだがヒースクリフの寝息はすやすや続いている。こうなると本当に寝ているようだし、安眠妨害は可哀想かと改めて寝顔を見下ろす。 (…………寝てる……) こんなにも無防備なヒースクリフを前にして、このまま引き下がれるはずが無かった。 おれは何故か周囲をきょろきょろ怪しく見回した後、ヒースクリフの顔へ近付き―― (……お、起きるなよ……起きるなよっ……!) 鼓動をどきどき言わせながら、おれはほんの一瞬だけ、ヒースクリフの唇へ自分の唇を押し付けた。 「……っ」 慌てて顔を引き、ヒースクリフを見下ろすが特に変化は無い。 ほっとしながら、気付かれていない安堵感とイタズラが成功した達成感と――なにより未だ起きる様子の無いヒースクリフを目にしていると、邪な心はここぞとばかりに働きかけてくる。 (……もう少しだけ……) 先とは違う、ゆっくりした動作でおれはヒースクリフの顔に近付き、今度は額にちゅっと口付けを落とす。それから頬や鼻、目許や顎へとキスを仕掛け、勝手で一方的な行為だというのにヒースクリフを視界に捉えながら、こっそりこんな事をしている自分に妙な昂りを感じていた。 「……ッ、ん……」 最後は唇へ。触れ合うだけのキスだったが、ヒースクリフの眠りを妨げるのではないかと長くは続けられなかった。 「……ひーす……?」 いい加減、気付いたのではないかと咄嗟に呼びかけるも返事は無い。 ヒースクリフの瞼は相変わらず閉じたままで、おれは拍子抜けしながらも若干調子に乗る思いで、今度はヒースクリフの首へと柔く吸い付いた。 「ん……んん……」 はむ、と唇で皮膚を挟みながらぎこちなく舌で愛撫する。ヒースクリフがしてくれるよりもずっと控えめなつもりだったのだが、思いがけず反応があった。 「……ッ」 「!」 微かな吐息におれは慌てて行為を中断し、ばっとヒースクリフから身を離して尋ねかける。 「……お、起きた?」 しかし、当然の如く返事はない。 ヒースクリフは相変わらず目を閉じている……暫く見入り、様子に変化が無いことを確認すると、それでも飽き足らないおれはヒースクリフの耳元へ唇を寄せ―― 「ひーす……すき……」 「あぁ……私も好きだよ」 え゛。 「なっ――?! わっ」 突然返答をされ、さらには体がころりと転がり、それまで眠っていた筈のヒースクリフにおれは見下ろされる形になっていた。形勢逆転――おれを見つめるヒースクリフは……実に楽しそうだった。 「ひっ、ヒース……!」 「可愛らしい朝の挨拶をありがとう」 言いながら、ヒースクリフがおれの額に口付けを落とし――おれがこっそりヒースクリフに仕掛けていたことを再現でもするようちゅ、ちゅ、と顔中のいたるところに唇を添えてくる。 「?! な、な、何で起きてるんだっ! ばかっ!!」 「ひどいな。君こそ、私が寝ているのをいいことに好き勝手していたようだが」 「寝てなかったしっ! 寝たふりする方が――ッ! あ、ちょっと……!」 ヒースクリフはおれの首に吸い付きながら、するりと両手をおれのシャツの中へと滑り込ませる。腰へ直に触れる人肌に、ぞくりとおれは過敏な反応を示してしまい、顔を上げたヒースクリフは確かに口角が意地悪く吊上がっていた。 「待っ……ん、んっ――!」 抗いは聞き入れられることなく、ヒースクリフによって唇を塞がれる。 ヒースクリフの口付けはおれがするよりもずっと濃厚で、進入してきた舌はおれの舌を探り当てるや少しの躊躇も無く絡み付いてきた。未だに対処の仕方が読めないおれは、ヒースクリフに誘導されるまま、だらしなく息を弾ませる。 「ぁ、ふ……は……あっ……」 「……」 半開きの口から、絡む微かな水音と自分の情けない声が漏れていた。恥ずかしくて仕方ないのに、音も声も途切れる事無く続く。 ヒースクリフの両手は背中にまで及び、抱き締めるよう包みこみながらも掌がやさしく素肌を撫で付ける。 なんだかくらくらと逆上せてくるような思いで、真っ直ぐ見つめ続けるヒースクリフに向かい、おれは懸命に重なる唇の合間に呼びかけた。 「あ……っ、ぁ、ひー、す……」 ヒースクリフが呼びかけに応じるよう唇を離し、まじまじおれを見下ろす。 火照った体が思考をぼんやりさせ、おれは荒い呼吸を整えながらヒースクリフを見つめ返した。不意に、ヒースクリフは顔全体を緩ませ―― 「……可愛いな」 「ッ……な、ぅ、……ばか……」 そう返すだけで一杯一杯だった。 縮こまる思いでおれがそっぽを向くと、ヒースクリフが笑んだような吐息を聞く。 「好きだよ……」 「……うん……おれも……すき……」 耳元で囁かれ、どきりとしながら同じ想いを口にする。 頬へまた優しく口付けされるのを受けながら、おれは覆いかぶさるヒースクリフの首へと両腕を回した。 その後もヒースクリフの甘い攻勢は続き、おれがベッドから抜け出せたのは約一時間が過ぎた頃だった。 ……たまにはこんな朝も悪くないな、と思ってしまったのだが、心身共に持ちそうも無いので胸中でこっそり秘めておくことにする。 ●勿論最初から狸寝入りです。団長内心にやにやです。 団長は約一時間の間で火照った夢主君の責任を取ったに違いないよ^^ 2014/10/30 |