世界が終わる前に、君と

□距離感
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「――ところで志藤くん」

茅場がなぜかアサヒの席を陣取っているため、アサヒはその隣の席へ寝ぼけ眼でのろのろ向かう。
座ったところで、目の前に飛び込んできたもの――露出した巨乳に滴る白い液、とろけたような甘い顔で頬をピンクに染めこちらを見つめる美少女絵……一瞬なにを見ているのか、アサヒは理解に遅れた。

「君、こういうの好きなのか?」
「………………?!!!!」

お、お、おおおおお?!!!!
漫画的表現をするのであればその瞬間、アサヒは間違いなく天井に向かって頭を突っ込むほど驚いた。
茅場の手に薄い本。成年向同人誌。それも恐ろしいことに、茅場の持っている一冊だけではないと思われる。視界の隅で、自分のデスクに山積みされたあれはもしや……

「三十冊あるが」
「はぁ?! あっ、い、いえ! あの、違いますよ?! こ、これはおれのではなくっ……!」

いやしかしっ……この場合借り物といっても結局なにも変わらない気がするというかマルさんなんで丸出し?!なんで直置き?!なんで三十冊?!!

「それは知ってる。書置きがあった」

茅場からペラリと差し出されるA4のコピー用紙。
【アサヒくんお疲れ様(はぁと)前に約束していたブツです。厳選しました。ヨゴさないでゆっくり抜いていってね!!】と黒マジックで汚らしく書かれていた。アサヒは、たった一枚の紙から妙な悪意を感じ、今すぐ破り捨ててやりたかったが時すでに遅し。

これはもうアサヒがお願いして“貸して貰っている”風である。確かに以前、アサヒは言った。「エロいのを頼む」と――それがまさかこんな……最悪のタイミングである。

「ざっと中を見させてもらったんだが……女性に攻められるのが好きなのか?」
「はあ?! なっ……なっ……!」
「勝手に見たのはすまない」
「……! ……!!」

眠気は既に何処の彼方。
アサヒはなんといえばいいのか、なんとリアクションをとるべきか、さっぱり分からないでいた。とにかく恥ずかしい。恥ずかしい上に恥ずかしい。恥ずかしすぎて死ぬのではないかというくらいだ。
茅場はいつも通り――というより、なぜこの男は厳選三十冊も確認して平然としているのだろうか。二次元に興味がないのか、彼女がいる余裕なのか……

「か、茅場さん! せくはらですよっ!」
「なにがだ?」
「その! 個人の性的趣向をっ、聞いたりするのは!!」

アサヒはいっぱいいっぱいだった。
混乱の末、茅場を攻める方向でなんとかこの話を切り上げようとする。しかしアサヒの意に反し、茅場はやはり落ち着いた様子で――

「社内にこういうのを持ち込むのはセクハラじゃないのか?」

と痛いところを付かれた。いや、持ち込んだのはマルさんなのだが、この場合受取人指定されてしまったアサヒも連帯責任というべきか……。うぐ、とアサヒが言葉に詰まると、茅場は「それで?」と続ける。

「そ、それで……?」
「ちゃんと“処理”してるのか?」
「ショッ……?!」
「あれからちゃんと“機能”しているのか、開発部としては是非聞いておきたいのだが」
「なっ……!!」

気付いた。
完全に、からかわれている。
茅場は内心ひそやかに笑っているのではないだろうか。自分の発言で、アサヒが慌てふためく様を楽しんでいる。そんな気がしてならない。

「忙しくてそれどころじゃないですよ!」
「じゃあコレは?」

掲げられる成年向同人誌。

「絵の資料ですよ!!」
「なるほど」
「かっ茅場さん、あの、おれ、もう作業戻りたいんで……!」

そこをどけ、とばかりに装備していた毛布を手に茅場の前へと立ちはだかる。この短時間でいやでも体が熱くなり、装備解除である。
茅場は少しだけアサヒを見上げると、立ち上がりすぐにアサヒが見下ろされるかたちになる。――ようやく不毛なやり取りが終わる……ホッとしたのも束の間、茅場はアサヒの両肩を掴んで引き寄せ「忙しいなら――」と耳元で囁く。

「私が手伝おうか?」
「――っ?!」

次いで、ぐっと股間に押し付けられたのは茅場の膝、だろうか。
ボトリと毛布が手から落ちる。

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