バスケ部男子×演劇部女子

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 さっきまで騒がしかったのが嘘のように静まり返っている舞台裏。たまに誰かの咳払いや、貧乏ゆすりをする布擦れの音、靴で一定にリズムをとる音が聞こえるぐらい。
 不安で青くなっている1年が数人いる、劇ができないんじゃないかって心配してるんだろうな。

 私も不安だけど、部長が朗報を持って帰ってくれるって信じなくちゃ。
 時計を確認すると、部長が出て行ってから10分しか経ってない。それなのに1時間以上経っているような感覚――。

 そろそろキャストは衣装に着替えたり化粧を急ピッチで進めなくてはいけないのに誰も動こうとしない。
 2年のキャストの先輩が声をかけて数人は動き出したけど、やっぱり動かない人のほうが多い。

 もうだめなのかな…、と私はボソッと心でつぶやいた。



 バァンッ!とえらい勢いでドアが開いた。みんながそちらに視線を向けると、ぜーはー言っている部長がいた。
 俯いているから表情が見えない。ドキドキしながらみんなが彼女を見守る。

 バッと上げられた部長の顔は…笑顔。



「みんな喜んで!代役が頼めたわよ!!」
「「「よ…よっしゃぁ!!!」」」

「涼葉!!よかったぁ〜!!」
『よかった…これで劇ができる!!』



 あんなに暗かったのに、今ではもう周りにお花が飛んでいるような空気が舞台裏を包み込んだ。2年の先輩たちで部長の胴上げが行われようされていたけど、それは舞台が終わった後でということで収まったようだ。
 公演まであと50分弱しかない、部長の指示で一気に演劇部が動く。
 裏方は照明・音響の最終調整、大道具は倒れたセットの応急処置など。キャストは言わずもがなメイクと着替えの指示が飛ぶ。



「榊!」
『あ、はい!!』



 衣装に着替えていると部長に呼び止められた。



「代役の子の面倒は任せたいの。お願いできる?」
『いいですけど…代役は誰を呼んだんですか?』
「バスケ部の火神君よ。親友があそこの監督してるから頼んでみたのよ」



 バスケ部の火神君、か…。
 彼は隣のクラスの生徒で、確かアメリカからの帰国子女じゃなかったかな?すごく身長が高くて髪も赤くて、初めて見たときはヤンキーと勘違いしたのを覚えている。
 怖い人じゃないといいけど…。

 まあ部長のお願いだ、了解の返事を出して自分の準備を始めるため控室に向かった。メイクが少ないから助かったなぁ。

 …あれ?突然だけど、先輩の衣装が火神君に入るかしら?

 まあいいか。



 * * * * *



「みんな!代役を頼んだバスケ部の火神君よ!感謝を持って迎えてください!」


 公演30分前、控室に1人の男子生徒が入ってきた。
 彼こそが代役・火神大我君である。部長に紹介されると照れているのか少々恥ずかしそうに「お願い、します…」と挨拶をした。部員は手を止めて彼に向って拍手を送る。本当に助かりますって顔してるなぁ〜。


「じゃあ火神君!向こうにいる榊に判らないことは聞いてちょうだい!」


 「各自作業に戻れ!」の指示で再び手を動かした。
 火神君はその様子にちょっと戸惑ったようだが、人の間を通って私の目の前に立った。

 …うん、本当に高いよ、身長。
 首痛いんだけど…。


「えと…俺、何すりゃいいんだ?」
『とりあえず衣装に着替えてもらっていいかな?そのあと私がメイクするから』
「おう。…あ、あとさ」
『ん?』


 彼は台本を片手に申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「その…あんまりセリフはいってねぇから、あとで練習付き合ってもらえねぇか?」


 なんだ、そんなことか。


『もちろんだよ!いきなり代役引き受けてくれたんだもの、セリフなんて入ってなくて当たり前よ』
「そうか?」
『うん。あ、じゃあそこの衣装に着替えてね』
「お、おう」


 少し派手目な衣装に度肝を抜かれたようだけど、火神君はそそくさと制服を脱いで衣装に着替えてくれた。
 私はその間に彼のメイク準備に入る。

 公演まで、あと20分弱――。


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