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□先行きが不安です
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「レギュラス!」

弾んだ声を掛けられて、レギュラスは振り返った。その途端、ぱふ、と柔らかいものが振り返った顔にそのまま当たる。驚き、…それとその衝撃にふらついたレギュラスの身体を横から慌ててジェームズが支えて、倒れることは免れた。
…が、しかし。

「もぅ、酷いわ!せっかく入学してきたのに別の寮になってしまうなんて!」

がくがくと前後に身体をゆすられて、まだ半分眠っている頭にその衝撃がガンガンと響く。後ろでジェームズが迫力に押されて数歩離れ、唖然と見守っているのをなんとなく気配で感じ取りながら、レギュラスはぼんやりと、あれ、助けてくれないんですか、と思っていた。
昨日ちゃんと、いじめられたら守ってくれるって約束したのに。



…レギュラスはとりあえず、眠かった。昨日もあのあと夜中になるまでずっと上級生二人と話をしていて睡眠時間が圧倒的に足りないのだ。

レギュラスが一昨日まで家で過ごしていた時には就寝時間は夜の9時だったのに、昨日はいろいろあって疲れているのにもかかわらず夜の12時まで起きていたのだから、とにかく眠い。立ったままでも寝れそうだったレギュラスの着替えを手伝い、顔を洗わせ、身なりを整えさせたのは今ここにはいないリーマスの手柄である。そのリーマスは、教師に呼ばれてどこかに行ってしまっていた。


「アン、アン!レギュラスが目を回しているわ、やめてあげてアン!」


その声を、呼ばれた名前を聞いてレギュラスはようやく半分くらい意識を取り戻す。アン。…じゃあ、僕を今揺さぶっているのはアン姉様…
もうひとつ呆れたように窘めるような声が聞こえて、ようやく体が静止する。ある意味では体を支えてくれていた腕が離れて、レギュラスは一瞬大きくバランスを崩した。そこからどうにか体勢を立て直し、ふらふらするおぼつかない足元に不安感しか感じないなりにレギュラスは懸命に足を踏みしめて立つ。まだ頭がぐらぐらする。
おろおろとアンドロメダを押しとどめているのはナルシッサ、そしてその後ろで頭が痛いとでも言うように額に手を当てているのがベラトリックス。そこまでを視界に入れて、レギュラスはそのメンバーの中に兄がいないことに首を傾げた。そして、次の瞬間肩に優しく添えられた手に顔をあげる。
視界の端に、艶やかな黒髪が見えた。

「…兄様?」
茫洋とそう呟けば、苦笑する気配が伝わってくる。
「まだ寝ぼけてるのか、レギー?」

何度か目を瞬いて、レギュラスは目を覚まそうという努力をする。その様子を面白そうに眺めて、シリウスはちらりと固まったままのジェームズに視線を向けた。


「弟が世話になったみたいだな。…こいつ、寝汚いだろう」
「…まぁね。でも普通の範囲内じゃないの」
「そうか?なかなかいつも目を覚ましてくれなくて、俺はいつも困っていたんだが」
なぁレギー。そう言って、シリウスは腕の中の弟の顎を上げさせ、額にキスを落とす。その途端弟のアッシュグレーの瞳がぱちりと開き、ぱっと兄から身を離した。警戒する小動物のような眼で兄を見、そして周囲を見る。数人のグリフィンドール生がその様子に微笑ましそうに笑って通りすぎ、そしてその場にいた大多数はさっとレギュラスから目を逸らした。
…気まずい。


「……兄様!」
「昨日のあれよりは恥ずかしくないだろ」
かぁ、とレギュラスの顔が紅潮し、ぱくぱくと声も出せない様子で口を開く。そして、ややあってようやく叫ぶように声を発した。
「そういう問題じゃありません!ろ、廊下の真ん中で、こんな、こんな」
「注目を浴びてるのは俺のせいじゃなくてアンのせいだ、アンの」
真っ赤になって食ってかかる弟に、しれっとかわす兄。その両方が酷く整った顔立ちであり、そしていろいろな意味で有名なブラック家の二人であることも相まって、ギャラリーは確実に増えていく。シリウスに責任転嫁をされたアンドロメダは自分のせいではないと言うこともなく、やっぱこの二人は一緒じゃないとねー、ねぇ姉様!などと自分の姉に主張することに余念がない。注目に慣れていて気にならないのか、それともマイペースなだけなのかは、不明だ。
その間にも、兄弟の口論らしきものは加速していく。



「悪乗りしたのはどうせ兄様でしょう!?」
「信用がないな、兄様は悲しいよ」

きっと兄を睨み上げるレギュラスに憂鬱そうな表情をシリウスが作った辺りでリーマスが合流し、退避していたジェームズをつつく。そして、何あれ、と小さく問いかけた。ジェームズはそれに少しだけ考えて、答える。

「痴話喧嘩」

それを耳聡く聞きつけて違いますッ、と真っ赤になって否定したレギュラスに、ははは、と楽しそうに笑うシリウスの声が重なった。リーマスはそれにも目を丸くし、楽しそうに笑うシリウス・ブラックを見つめる。そして、その後ろでブラック兄弟のやり取りを微笑ましそうに見つめるその従姉妹たちを。
「…何これ」
こんな光景は見たことがない。優秀で人格者とは有名だがどこか壁のある印象だったシリウス・ブラック。彼が、普通のその辺りにいる学生のように弟と戯れる姿。

「シリウス・ブラックも人間だったらしいね」
ジェームズがしみじみと呟いたのを聞いて、リーマスは頷いた。
「同感だよ、ジェームズ」
それと、とジェームズは真面目くさった顔になった。それにリーマスが首を傾げる。
「…シリウス・ブラックは、とんでもなくブラコンだ」

真面目な顔で言い放った内容にリーマスが噴き出し、それを聞きつけたシリウスが真顔でブラコンはお互い様だよなレギー?と尋ねたことで、とうとうレギュラスがむくれる。
「…もう兄様なんて知りません」
ぷい、と顔をそむけたレギュラスを全力で宥めにかかるブラック家に蚊帳の外とばかりに放り出されたジェームズとリーマスは顔を見合わせ、肩をすくめた。そして、どちらともなく歩きだす。




「僕たちの部屋に入った後輩君は、どうやら既にかなりガードが固いらしい」
つまらない、というようにジェームズがそうぼやき、クシャクシャと髪を掻きまわす。
「明らかに睨まれてたよね、僕ら」
特に姉妹の方に、とリーマスがからりと笑った。睨まれていると気付きながらもそれに対抗するように笑顔を崩さなかったという点では、リーマスはジェームズより図太かった。

周囲は朝食に向かう生徒たちで賑やかで、会話の内容はその声に紛れて少々届きにくい。

「でもあんな風にガードされちゃ、同学年も近寄りがたいだろうね。なにしろガードがあのブラック一族だし」
リーマスはそう呟いて、少しだけ心配そうに眦を下げる。それが聞き取れなかったらしく、ジェームズが首を傾げた。それに、苦笑してリーマスは少し大きめの声で言う。

「ブラック家に負けてたまるか、って言う話!」
「その意気だ、我が友!」

悪戯を計画する時のようなうきうきとした様子で、ジェームズがきらきらと目を輝かせる。それに、リーマスも笑った。

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