種運命

□『象徴』sideAthran
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荒れ狂う感情を抑え、マイクの、カメラの前に立つ。傍らの少女は、緊張を緩和するように大きく息を吸った。

初めての演説。自分を救ってくれた、“対の遺伝子”と共にする演説。

『みなさん!わたくしはラクス・クラインです。みなさん、どうかお気持ちを静めて、わたくしの話を聞いてください』

凛とした声は“彼女”とそっくりで、でもどこか違う。共に立つその身体も、カメラ越しには分からないだろうが震えている。
普通の少女。優しい少女。そして―――愛しい人。
彼女は“彼女”とは違う。心からプラントを愛し、自分に出来ることをしている。
だから自分も、出来ることをするのだ。


目が覚めたとき、そこは病室だった。視界の端に揺れた薄紅色に、身を強張らせる。
『ラクス様のためにっ!』―――そう叫んで襲いかかってきた、見覚えのある女性と2人の男性の姿。『彼女』に忠誠を誓っていた。
思わず身をよじろうとすると、全身に激痛が走った。唇から洩れた声に反応してか、薄紅が翻る。

「ダメッ、アスラン!動いちゃダメ!」

聞きなれた声が、全く違う口調で言葉を紡いだ。息を呑みもがけば、少女の細い腕がアスランをベッドに押さえつけようと伸びる。
視界に入ったその顔は、涙で濡れていた。
「ダメ…ようやく、傷がふさがってきたのに…また開いちゃうっ」

違う。―――これは、『彼女』ではない。

力を抜く。大人しくなったアスランに安堵したのか、少女はほうっと息を吐いた。そのままへたりとベッドの脇に座りこむ。
「…良かった…よか、った…!」
良かったと何度もつぶやく少女に、視線を向ける。ラクスそっくりの顔。そっくりの声。少しだけ色の濃い髪と瞳。
心配していた、ということだけはよく伝わってきて、戸惑う。

「…君、は…」

声を発するだけでも身体が痛む。それをこらえながらなんとかそれだけ絞り出すと、彼女は顔を上げた。そして、ベッドサイドにあった通信機で医師を呼ぶ。

「…あたしは、ミーア。ミーア・キャンベル。ここはプラントにある病院よ。巡回に出ていたザフト兵が貴方の詰められた救命ポッドを発見して、ここに連れてきたの。ギル…あたしのお父さんみたいな人なんだけど、その人が今プラントで議員をしていて、貴方を保護したのよ」

無理してしゃべらないでね、と言って彼女は泣き笑いのような表情でアスランを見る。白い手がそっとアスランの手に重ねられた。
「ギルがね、今議会に行ってるの。アスランがプラントで最高の治療を受けられるようにって掛け合ってるのよ。ギルなら絶対に説得してくれるから、安心して?」
ギル。―――クライン家で行われたパーティーで何度か会った、ギルバート・デュランダルのことだろうか。

温厚そうな男性だった。確か、遺伝子研究の第一人者であったように思う。
「ギルね、もうすぐ議長になるんですって!今、プラントでザフトの方々が戦犯として処分されそうになってるでしょう?ギルが議長になったらね、絶対に処分なんてさせないって言ってたの。プラントの未来を作れるのは戦争による痛みと軍隊の仕組みの恐さを知っている者だけなんだよって」

だからきっと、貴方も貴方のお友達も罪に問われたりしないわ、と彼女は笑う。

コロコロと表情が変わる。生き生きとしていて、どこか人形めいた静謐さを持っていた彼女とは似ても似つかなかった。
“対の遺伝子”、元婚約者。彼女は自分を捨て、自分の幼馴染を選んだ。――――邪魔になった自分を排除、した。
安心して。大丈夫だよ。そう全身で訴えかけようとでもしているような目の前の少女とは、その姿は重ならなかった。
その後、少女の言葉通りギルバート・デュランダルは議長となり、アスランを含む大戦中の“戦犯”とされた者たちは処分されることはなかった。ただし、アスランに関しては一つだけ条件が付いた。

――――その一生を、プラントのために捧げること。

車いすに座った状態で議会に呼び出され、告げられたその言葉。それを告げたのは、何度も自分を見舞ってくれたギル―――ギルバート・デュランダル最高評議会議長だった。
それは許しだった。―――プラントへ戻って良いという。

「…良いの、ですか…?…俺は、また、プラントのために戦うことは、出来ますか…?」

「その戦い方は、いくつかあるがね。…ただ、これを受け入れる前に、一つだけ約束してほしい。」
慈愛に満ちた笑みで、ギルはアスランに語りかける。

「…これを受け入れた場合、君は『プラントのアスラン・ザラ』としての生き方しか許されないことになる。…さきの大戦の時のように、平和のためとプラントを捨てることは許されないのだよ」

プラントを捨て、恋人を選んだ歌姫を揶揄するように、と思ったのは、アスランがミーアの存在を知っているからだろう。
「切り捨てられるかね?…あの時のように、君の友人が敵に回っても?」
「…何を、今更」
笑う。大切だった日々。そして今。
ミーアが笑ってくれる。大好きだと言ってくれる。レイが傍にいてくれる。アカデミーであったことを毎日のようにメールしてくれる。ギルが抱きしめてくれる。もう大丈夫だよと微笑んでくれる。
「…俺の、居場所はもうここにありますから…」
居場所が欲しかった。ここにいてもいいと、ここにいてと言って欲しかった。
「ここを守るために、この身を捧げさせてください…!」
パラパラと巻き起こった拍手。それが、やがて議会全体に広がっていく。

「“我々の対の遺伝子”に、幸いあれ!」

その一言で知る。―――ミーアは同様に“プラントの歌姫”としてその一生を捧げるであろうことを。そして、自分と彼女は婚約者として、のちには夫婦として生きていくのだということを。
それを不快だなどと思うこともなく。政治の舞台に“ザラ”として出るということへの嫌悪もなく。
『アスラン・ザラ』はプラントへと戻ったのだ。
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