Short story

□確認事項〜グレイver.〜
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春うららかと言うには、まだ肌寒い。
陽射しは暖かいが風は冷たく、行き交う人は無意識にコートの襟をただし、
時折、視線を上に向けて春の訪れを木々の枝に探すように歩いていく。

傍から見ても薄着だろうと思わせる程、
薄い上着一枚でズボンのポケットに両手を突っ込み、
これから行く場所に納得のいかない顔で歩いているグレイは、
自分の作品に悩み、構想を考える芸術家のように見える。
何かを悩んでいるかのような横顔は、
女性の目からはどこか放っては置けない、そんな感情を抱かせるのか、
数人の女性がすれ違いざまにグレイのほうを振り向いて行く。

そんなグレイが重い足取りでやっと目的地に着くと、
そこで嬉しそうに待っていたジュビアに開口一番、切り出した。
「……おい、本当にオレでいいのか?」
そう言いながら、まだ納得のいかない顔をしているグレイに
ジュビアはにっこりとこぼれんばかりの笑みを投げ掛ける。

「勿論です!グレイ様でなければ意味がありません!」
ジュビアはそう言うと、グレイの腕を掴んで引っ張りながら
楽しそうに目の前の店に入って行こうとする。
グレイは頭をかしかしと掻くと深いため息をつき、
諦めたようにジュビアに引きずられるようにして店に入っていった。

店の中は、ピンクと白を基調とした明るい装飾で彩られ、
カラフルな品物で溢れかえっている。
中に居る客のほとんどは女性で皆、楽しげに買い物に興じていた。
ざっとフロアを見回してもすぐに数えられる人数しか居ない男性は、
連れの女性が居なければ、こんな店に入るはずもないだろう。
グレイはそんな事を考えながら、ジュビアの後をゆっくりとついて行く。

「グレイ様♪グレイ様♪
早速ですがこれとこれ、どちらがお好みですか?」
事前に下調べをしていたジュビアは、候補の2点を手に取り自分の身体に充てて
グレイの方を向いてそう言うと、少しはにかみながら笑った。
当のグレイは逆にますます顔をしかめ、
うーんと声を出すかのように本気で悩み始める。
「……オレには、どっちも同じに見える」
悩んだ末、グレイはぼそっとやっとそれだけ言うと
申し訳無さそうに口をつぐんだ。

「大体、なんでオレなんだ?
服になんか興味ねぇから、自分の服だって適当に買ってるし、
よく無くすから何でも良いと思ってるし。
自分の服にこだわりがないのに、ましてや女の水着なんて、選べるわけねぇだろう」
今にも頭を抱えそうにグレイがしゃべると、ジュビアはいじけたように
「…去年の水着は、グレイ様、あまり見てくれなかったじゃないですか。
だから今年は、グレイ様好みの水着にしようと張り切ってたのに…」
そう言って、少し俯く。

昨日の夜、ギルドでもそう言っていじけていたジュビアを思い出し、
グレイは軽くため息をついた。

「そうは言っても、興味ねぇもんはねぇからなぁ」
店に来れば、それなりのものもあるかと思ったが、
やはりグレイにはどう逆立ちしても
店の中のどの水着も同じように見えて、まったく区別がつかなかった。
「…じゃぁ、これなんかどうだ?」
仕方なく、身近にあった一着の水着を取ってみる。
「…グレイ様、これは布の部分が少なくないですか?」
「そうか?…じゃぁ、あれは?」
そう言ってグレイが指差した水着は、ヒョウ柄、ゼブラ柄、ウシ柄等の
アニマル柄コーナーのものだった。
そしてその隣には、なぜかスクール水着。

「…グレイ様、真剣に選んでくれてます?」
じとっとした眼差しを向けるジュビアに、
グレイはやれやれと観念したように天を仰いだ。
「…いや、お前が着るならなんでも似合うかと思ってさ」
グレイの、そんな何気ない一言を聞いたジュビアは、
一瞬瞳を大きく見開き、誰が見ても解るほどぱぁぁぁっとその頬を紅潮させて、
次の瞬間、ポンッと頭から蒸気をあげる。

グレイに他意はない。
ただ、そう思ったから言葉にしただけだった。
だが、ジュビアにはその先に続くであろう幻の言葉が
はっきりと明確に、ありありと聞こえていた。

“そんなジュビアと一緒に居られて、オレは幸せさ。
ジュビア、このまま結婚しよう!”

「きゃぁぁぁ、グレイ様!♪
こんな人が多いお店でいきなり愛の告白なんて…
ジュビア、まだ心の準備が……」
そんな事を言いながら顔を真っ赤にして頬に両手を充て、
くねくねしているジュビアに
「…お前こそ、本気で水着を買う気はあるのか?」
実に冷ややかにグレイが突っ込みを入れる。

「だって、グレイ様がジュビアに愛の告白をするから…」
まだ身体をくねらせて狂喜乱舞しているジュビアに
「…オレ、なんか言ったか?」
さっきジュビアに言った言葉に気付きながらもあえて受け流しているのか、
それとも本気で気付かずただ鈍いだけなのか、グレイはさらりとそう言ってのけた。

「えっ?だって、グレイ様さっき…」
「おぼえてねぇなぁ。」
グレイの即答にがっくりと肩を落とすジュビアだったが、
そんなジュビアを優しい眼差しで見るグレイには気付くはずも無い。


「さて、腹も減ったしなんか食いに行こうぜ」
今度はグレイがジュビアの腕を掴み、店の外へと歩き出す。
一刻も早く、この地獄のような場所から立ち去りたかった。
「えっ?でもまだ水着が…」
まだ未練が残るのか、店の方を振り返るジュビアに
「体型変わってないなら買う必要ねぇよ。
去年の水着もどんなだったかオレが忘れてるんだから、
同じの着ればいいだろ」
水着などもうどうでもいいとでも言いたげにグレイは店の外に出ると、
ここから一番近い美味い食い物は…とぶつぶつ言いながら思考をめぐらせる。

それもそうですが…
小さな声でそう言いながら、くすんと泣いているジュビアに、
「ほらっ、さっさと行くぞ」
グレイはそう言って、ジュビアの右手をぎゅっと握る。
掴まれていた右腕からごく自然に手を繋ぐ形になり、
ジュビアの思考が一瞬停止した。
が、すぐにぎゅっとグレイの左手を握り返し、
「今日は何が食べたいですか?グレイ様♪」
と、とても嬉しそうにグレイに笑い掛ける。


春を呼ぶ風が、そんな二人をふんわりと優しく包み込んでいた。
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