book3

□鶴
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冷たい手で髪を梳かれている気がする。なのに胸の奥はどうしようもなく暖かかった。
「千鶴の髪はサラサラね。」
この声は母だ。
もう随分前に病で失った母。
「お母さんに、似たんだよ。」 「そうね。お母さんの髪にそっくり。」







ふ、と目を開ける。
そこはいつ見ても馴れない薄暗い体育館。
「・・・お母さん、」
そう呟けば、自分の頭にある手が止まった。
え?
上を向く。
実渕さんが目を大きく見開いて驚いていた。
起き抜けの頭を覚醒させて起き上がる。
「ご、ごめんなさい!あの、」
「あ、いいのよ。少しびっくりしたただけ。」
実渕さんの手がまた頭に乗る。
暖かい。
「お母さんが恋しくなっちゃった?」
「あ、え、まぁ、」
母は死んだ。とは言えなかった。
実渕さんはクスリと笑ってから言った。
「征ちゃんの所へ行ってあげて。心配してるわ。」
あ、と先ほどの事を思い出す。
赤司と青峰、皆にお礼を言わなくては。
「ありがとうございます。」
頭を下げたら実渕さんがは綺麗に笑って手を振った。
体育館の中央に、赤い頭と、青い頭と、黄色い頭を見つける。
「あ、の。」
三人が同時に振り向く。
黄瀬が目を輝かせ、立っているあたしの腰に抱き着いた。
「織部っちぃぃ!!」
ああ、変なのに懐かれた。
と、ゲンナリする。
それをスルーして二人に頭を下げる。
「さっきはありがとう。」
「あーー・・・ドウイタシマシテ。」
青峰は頭を掻きながらそっぽを向く。恥ずかしいのか。
赤司はにっこりと笑った。
「無事で何よりだよ。体調は大丈夫かい?」
「うん。大丈夫。今は昼間?」
「いや、朝方だ。これから偵察に行こうと思ってね。」
偵察?と呟けば腰にいる黄瀬が離れて口を開く。
「交代制でここから出られる方法を探りに行くんス。今日は秀徳組と桐皇組ッスね。」
「じゃあ青峰も行くんだ。」
「おう。」
気をつけてね。と言うと彼は口角を上げて笑った。
「いつ行くの。」
「昼間だ。日が一番高い時に出る。」
「そっか。」
なんだか秀徳組と桐皇組が心配になってきた。
と。
「大ちゃん!今日は連れて行ってよ!」
怒ったように走って来たのは桃井さん。てゆか、大ちゃんって。
笑いそうになるのを抑える。確か青峰と桃井さんは幼馴染みだ。
「ダメに決まってんだろーが。足手まといになるだけだろ。」
「私だって皆の役に立ちたいもん!皆が頑張ってるのに!」
青峰の言葉はキツイが、心配そうな色が含まれていた。
確かに唯一無二の幼馴染みを危険な目に合わせたくはないだろう。
桃井さんも桃井さんで桐皇の皆の、ここにいる皆の役に立ちたいと思っているのだろう。
「も、桃井さん。やっぱり桃井さんは女の子ですし、」
「桜井君は黙ってて!!!」
「す、スイマセン、スイマセン!!」
駆け寄ってきた桜井を黙らせる桃井さん。黙らせるというか余計うるさいんだけども。
「桃井。ここは俺らに任せてくれ。」
「いやです!!!」
若松さんも、諏佐さんも頭を抱えて、今吉さんは苦笑している。
多分、桃井さんの申し出は一度や二度ではないのだろう。
「さつき。いい加減にしないか。」
赤司が桃井さんを咎めた。
う、と桃井が言葉につまる。
「桃っち。皆、桃っちが大事だから言うんスよ?」
「そーそ!ここは俺らに任しといて!!」
秀徳の高尾が顔を出す。
緑間がメガネを上げた。
「大人しく待っているのだよ。」
桃井さんは見る間に目に涙を溜めていく。
眉根は怒ったように寄せられた。
それに周りが焦り出した。
「もういいよ!大ちゃんのバーカ!!!!」
「ああ!?俺だけか!!!」
そう言い捨てて体育館の隅に走っていく桃井さん。
「織部さん。頼んでええかのぉ?」
困ったように笑う今吉さんに、一つ頷いて桃井さんの元へ走る。




「桃井さん。」
「・・・皆ずるい。」
膝を抱えて拗ねている桃井さんの隣に座る。
「皆、心配なんだよ。」
「わかってるよ。リコさんだって我慢してるの知ってる。でも、少しでも皆の役に立ちたいし、待ってるこっちだってハラハラしながら待ってて、皆がもし戻らなかったらって思うと、」
くしゃ、と桃井さんの顔が歪む。どうしよう。と言葉に詰まっていると、頭にあることが浮かぶ。
そういえばあたしは鞄を持っていた。
少し離れた場所にあるスクールバックを持ってくる。
その中を漁る。
「あ。あった。」
「え?」
桃井さんの手に握らせたのは、
「飴・・・?」
「そう。ハチミツりんご。」
ハチミツレモンも好きだが、ハチミツりんごの方が好きだった。いつも持ち歩いている飴玉。
「食べて。」
桃井さんはしばらく飴を見つめてから、包装紙をやぶき、口に琥珀色の飴玉を放る。
「・・・おいしい。」
「よかった。この飴、大好きなんだ。」
「ありがとう。」
桃井さんが笑ってくれたので良しとする。
遠くで紫色の巨人が目を輝かせていたのでソイツにも投げてやった。
それから桃井さんとこんな話をした。
「青峰とは付き合ってるの?」
「え!?ないないない!!」
そう言う桃井さんは笑っていて、
「私が居ないと、ダメだなぁって思うけどなんだかそういう対象にはならなくて。どっちかって言うと弟を見守る感じかな。」
きっと、二人はお互いを恋愛対象には見ることがこの先できないのだろう。
とうの昔にそんなものは捨てて、恋人より深い家族のような関係で。
羨ましかった。
そんな風に相手を思いやれる桃井さんが。
「でも腹立つことが多いんだよ!」
そう頬を膨らます桃井さんに笑った。
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