隠し物語

□逃亡
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腕が千切れるぐらいに強く握られる。
爪が、腕に穴を開けるぐらいに食い込んで。
それでも、痛みよりも先に恐怖が勝った。
だって口が頬まで裂けているのだ。
まるで口裂け女みたいな。

「ひ、ぁ、ああ…」

唇から覗く歯は牙のように鋭い。

「うわあああああ!!」

力一杯腕をふり、女性の手を解く。
そして綱吉は女性から距離を取った。

「ワタサナイ……、ワタサナイ…ワタ…ワタ…、ワタサナイワタサナイワタサナイワタサナイワタサナイ!!」

「か、母さま?」

突然豹変した女性に雲雀が恐る恐る声をかける。
くるり、と首が捻りまがり、女性の真っ暗な穴のような瞳が雲雀を見据えた。
にたり、と歪む唇。

「ジョウモノ…、ワタサナイ…ジョ、モノ…」

「――っ!雲雀さん!!」

綱吉は震える身体を叱咤し、雲雀を連れ全力で走り出した。

「ちょっ――!?」

「雲雀さんダメです!!ここにいたら!」

走りながら綱吉は悲鳴のように叫んだ。
綱吉のその言葉に雲雀は怪訝げに首を傾げた。
何を言っているのだろうか、この人は。

「守ってくれたことは嬉しいです。でも、でも…」

雲雀の手を握る手に力を込める。
決して離さないと言うかのように。

「いなくなったら、いやです…っ」

「いなく…?」

どうして彼は悲しそうに言うのだろう。
今にも泣きそうに、いや実際その瞳は涙で潤んでいた。

「でも、母さまが…」

母を残しては行けない。


“だって、彼女にはもう逢えないと思っていたのだから。”


“帰ることは許されないと思っていたから。”


「でも、あれは雲雀さんのお母さんですか?」

綱吉の言葉に雲雀は女性を振り返る。
裂けた唇から覗く牙。
穴のような真っ黒な瞳。

「……ちがう、よ」

違う。彼女はもっときれいだ。
優しくて、きれいで。
自慢の、母。

「雲雀さん、帰りましょう」

綱吉は縋るように言う。

「骸だって、迎えにきます。皆待っています。だから…」

――帰ろう…―。

「君は…」

どうして彼はこうも自分を気にかけるのだろうか。
だって彼とは会ったことないのに。

「カエセ!ジョウモノ!!」

女性――女性だったものが襲いかかってくる。
鋭く伸びた牙は真っ直ぐに綱吉に向かっていた。

「お前には渡さない」

綱吉は静かに言う。
額から温かい橙の炎が灯った。

「しっかり掴まれ、飛ぶぞ」

「は?」

何を言っているのだ。
そう言おうとしたが、それは叶わなかった。
飛んだのだ。
女性だったものの姿が小さくなっていく。
 
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