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□Intermission/黒と白
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越後(現在の長野県)・春日山城。
日ノ本の権力がふたつに別れた南北朝時代に築城された城は自然の地理を生かし、難攻不落の守りを有している。
その城の一部屋で二人の男がそれぞれ杯を片手に夜空を見上げていた。
空の月は丸いものの、残念ながら細長い雲がかかっている。
暑苦しい梅雨の風が撫でていくなか、ひとりの男が口元が歪せ。
「いやはや。
まさか卿とこうして月見酒をいただく日が来るとは。ああ、人生とはやはり面白い」
と言った。
年は初老だろうか。
歳を重ねた熟成さは感じられるが、老いの印象はない。
しかし落ち着いた優雅な物腰とは裏腹に、男が持つ雰囲気はーーひどく気味が悪かった。
そんな男の言葉に対する、もうひとりの男は静かな声でうなずく。
「それはわたくしもおなじおもいです」
そう告げる男は美しかった。
雪のような白い肌。烏の塗れ羽よりも黒い髪。そして中性的な容姿にくわえて清澄な気配が男の美しさを引き立てる。
かたや濁、かたや浄。
着物の色さえも正反対な二人の男たちの名は松永久秀と上杉謙信という。
両者ともに剣ノ皇・足利義輝に仕えるバサラ者の武将である。
そのため義輝の右腕である久秀が謙信の居城である春日山城に来訪しても何ら不思議ではないーーが。
「こちらにはどのようなあそびをしにまいられたのですか」
「おや、軍神ともあろう卿なら感づいているのではないのかね」
言ってから久秀はイタズラめいた笑みを浮かべる。
『遊び』を否定しなかった事に謙信は軽く息をついた。
「うわさのしのびのためならば、どうぞおすきに。
ですがわたしくのほうぐとつるぎ、そしてわがたみをとぎいしにつかうきがおありならーー」
「命はない、と……ふむ」
それも愉しそうだな、と久秀は笑った。
「安心したまえ。
こちらに赴いた用事は別件だ。欠落の美を追求してばかりだと疲れてね……まぁ息抜きだと思ってくれていい」
「あなたのいきぬきにつきあわされるほうはめいわくでしょうに」
「そう言ってくれるな。
若人に経験を積ませるのは我々老兵のつとめだろう」
「いまさらですが、あなたはまことひどいおひとだ」
「私程度で『酷い』とは。卿は無垢だったのだな。いや、意外だ」
笑みを深めて久秀は杯をあおぐ。
謙信も静かに風味のよい酒を堪能していると「実はね」と久秀は語り始めた。
「売った玩具を彼らが拾ったと耳にしてね」
「がんぐ」
「ああ。
見かけたときはボロボロになっていたが中々愉しめそうだと思い、気まぐれで拾ったのだが……少し遊んだ程度で壊れてしまって結局なじみにしている商人に売るしかなかった」
「……」
「その後のことなど気にしてもいなかったが彼らが玩具を手にしたという話を聞いたとたん、年甲斐もなく好奇心が湧いてね。
調べてみると、どうやら私の玩具は商人から商人の手に渡りーー最後は暴走して自由を得たらしい」
「……」
「知っているかね、軍神?
人は見向きもしなかった自分の代物が取られそうになると急に取られまいと必死になるーー私もまた例外ではない」
だからこうしてここまで来たのだ、とくつくつと笑いながら久秀は酒を謙信の杯にそそぐ。
それを受け取りながら、謙信はあきらめの色をにじませる口調でいった。
「あなたにとってのまんがんじょうじゅはいつになればくるのやら」
忍び笑いとともに水音は途絶えた。
「私が死ぬまで来ないよ。きっとね」