Treasure

□愛しい貴方と一時を(小説)
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旦那様は無愛想だけど、優しい。
私はそんな旦那様が………好きだ。
本当はわかっている。許されないことだと。

でもあの日、はじめて旦那様が……フィップス様が私の手のひらに口づけてきたとき、「好きだ」とおっしゃってくれたとき、もうそんなことはどうでも良くなってしまった。


ーーーーーーいや、本当はどうでもいいわけじゃなかったけど。



「フィップス……様」


壊れやすい物を慈しむように、私の身体をなぞる暖かい手のひら。
上気し汗ばんだ肌がリアルに感じられる。


「……二人きりの時は、なんと呼べと教えた?」


愛しげに私の顔をのぞき込む、フィップス様の表情はとろけるように甘い。
それを見ていると熱に浮かされたときのように頭が芯からぼーっとしてくる。


「チャ…ールズ……様っ!…あ」



私が切れ切れにそういうと、彼は一気に熱を押し入れてきた。
この感覚はいつまで経っても慣れない。
身を裂かれるような痛みを感じつつも、心のどこかではそれを深く求め悦んでいる。

私の中に最後まで収め終わると、彼がふぅっと息を吐いた。
暖かくて、切なくて、優しくて、儚くて……そんな思いの全てが込められているような、そんな吐息。
胸がきゅっと締め付けられるような思いがした。



「ポーラ……」


彼が、掠れた声で私の名を呼ぶ。
彼が、優しい手つきで私の髪をかき上げてくれる。


「愛してるよ」


私が何かを言う前に、彼はゆったりと腰を揺らし始めた。
ちょっとだけ強引なところは玉にキズなのかなと思ったりもするけど。


「ぁああ……んっ!ふぅ…あっあっ……」



部屋にはまるで自分の声ではないかのような、甲高い嬌声が響いている。

シーツの上でわけがわからないまま快感に溺れて、私は意識を手放した。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




夢を見た。

場所はこの屋敷ではない別の屋敷の中。
フィップス様に雇ってもらう前、勤めていたお屋敷。


「ポーラ!!お花の冠よ!」


かわいらしいお嬢様のお側にお仕えできて、私は本当に幸せだった。
その日はご兄妹でピクニックに出かけた。
楽しそうにはしゃぎまわる妹を見ながら、いつものように兄であるその彼は妹を窘めた。


「あんまりはしゃぎまわるな、リジー。みっともないぞ」


原っぱを駆け回っていた妹は、兄の方に向き直って大声で言った。


「お兄様の偏屈!」
「なっ!」
「いーだ!!」


妹は舌をべーっと出して駆けて行ってしまう。
兄は少しだけ固まっていたが、やがて「全くあいつは……」とぶつぶつ言いながら私が引いていたシートの上に腰掛けた。


「お嬢様は嬉しいのですよ。兄上であるエドワード坊ちゃんが夏休みでお屋敷に戻られて……」


私がそうフォローすると、兄は納得ができなような、それでいて少し照れくさそうな顔で頭を掻いた。


「だったら……ここで一緒に茶でも飲みながらいっしょに話せばいいだろうに…」
「……そういう相手は私で事足りてるんですよ」


私はニッコリと微笑んだ。


「きっと、お嬢様はエドワード坊ちゃんと昔のように遊びたいのだと思います。ほら、よくここでかくれんぼなどやったではありませんか?お昼から初めて夕刻までずっと……中々お嬢様が見つからず、あの時は私も心配しましたが、お嬢様ったらどこに隠れてたかと言うと……」

「一番高いカシの木のてっぺん……だったか」


兄は楽しそうにはっは、と笑った。
そして遠くの景色を見ながら、昔を懐かしむかのように眼を細めた。


「そんな事もあったな……。懐かしい……だが、俺はもうあの頃のように子供じゃない。妹には悪いが、もうとてもとてもかくれんぼなんかする年頃じゃないぞ」

「……それもそうですよね」


私はふふっと笑ってカップに注いだ紅茶を、兄に手渡した。
兄はそれを受け取る。

一瞬だけ触れあった指と指。


坊ちゃんが急に両手でカップを持つ私の手を包み込んできたのは、その時だった。


「そう、俺はもう、そんなに子供じゃない」


誰かに言い含めるように、一句一句区切って彼は呟いた。
まだ何を言おうとしているのか理解していないこの時の私は、ただ笑った。


「どうしたんですか?いきなり」


坊ちゃんは急に真剣な表情になったかと思うと、そのまま衝撃的な言葉を紡いだ。






「好きだ。お前のことが。小さな時からずっと」





さわさわと草木を揺らしながら、草原を風が吹き抜けていった。
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