Treasure
□恋と身分と幼ななじみと(小説)
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「ねぇ、君らってデキてんの?」
「は?」
控え室で書類を検分していた私は、同僚のチャールズ・グレイ伯爵にそう尋ねられ、思わず顔を上げた。
陛下は会議に出席されていて、我々は議会の行われている部屋の隣室に待機している状態だった。
協議が終わり次第陛下が署名する必要があるであろう書類を、私と秘書武官兼執事であるチャールズとでまとめ上げるという仕事を行っていたのだ。
執務中であるから、私語は慎むべきなのだが、私は思わずチャールズに問い返してしまった。
「・・・・・・何を言っているんだ?」
「だからさぁ、君と、あのメイド!男女の仲なのかって聞いてるの!」
バサバサと、手にしていた書類が床に滑り落ちていく。
ちょっと、仕事増やさないでよね!とチャールズが叫んでいるのが耳に入ったが、私はあまりにも露骨な問いかけに半分我を失っていた。
「ほら!書類・・・・・・」
チャールズが椅子から立ち上がって、床に散らばった書類をかき集めてテーブルの上に戻してくれた。
私はようやく立ち直り、チャールズの方に向き直る。
「す、すまない・・・・・・」
「あからさまにベタな反応だね」
わかりやすい・・・・・・とチャールズは呆れた顔でぼそりと呟いた
「それだけ動揺するって事は、やっぱそうなんだ」
「・・・・・・ああ」
私は静かにうなずいた。
途端になんだか気恥ずかしくなって、私はチャールズから顔を背けて再び書類の上に視線を戻した。
「そっかぁ・・・」
自分から聞いた癖に、チャールズはどうでもよさそうに言うだけだった。
私はそれ以上追求されないことに内心ほっとすると同時に、なんだかもやもやしてしまった。
話を振ったのはチャールズの方だ。
尋ねたからにはもっと何かあっても良いのではないか?
二人の馴れ初めは?とか尋ねてくれても構わないのだぞ?
例えばアリスのどういうところが可愛らしいと思うのか、あの子が王宮の中で重圧に耐えながらも懸命に仕事を続けているというところとか、彼女の瞳がどれ程綺麗な色をしてるのかとか・・・・・・私がどれだけアリスを愛しているのか、とか。
・・・・・・・・・・・・何を考えているのだ、私は。
いかんいかん。
どうも私は疲れているらしい。
それとも浮かれているのか?
彼女のことを自慢したいから、もっと尋ねて欲しいと思うなんて。
私らしくもない。
ひょっとすると、私は寂しいのかもしれない。
ここのところ仕事続きで、アリスの顔を全く見れていないのだ。
だからその寂しさを、他人にアリスへの思いを語り聞かせることで補おうと思っているのかもしれない。
そこまで考えて、顔には出さなかったが私は心の中だけで自嘲気味に笑った。
こんな事まで考えてしまうなんて、末期だ。
「でも意外だなぁ〜」
幸せな感傷に浸っていた私の思考は、チャールズのそんな言葉で停止を余儀なくされた。
「・・・・・・意外とは?」
「君って仕事人間じゃん?フィップスより堅物なイメージあるからさ、意外だなって」
「・・・・・・どういう意味だ?」
私語は厳禁だと頭では分かっていても、チャールズの言葉の意味するところが分かりかねて、私は短い言葉でただ尋ねた。
「だからさぁ」
彼は噛んで含めるように、言葉尻をあげた。
「君って堅物だから、遊びで女を口説き倒す男には見えないじゃん?だから意外だって言ってんの」
書類をめくる私に手がピタリと止まった。
「遊び?」
私が、何だって?
「・・・・・・私がアリスと遊びで付き合っていると、そう言いたいのか?」
「へ?違うの?」
私は顔を上げて、サングラス越しにチャールズを見た。
チャールズは心底驚いたような顔をしていた。
「どうして、そう思うんだ?」
私はゆっくりと言葉を切ってチャールズに問いかける。
口調は努めて穏やかだったが、心の中は熱いマグマが渦巻いていた。
私が、遊びでアリスを口説き落としただと?
そんなはずがあるものか!
「なぜだ?」
「・・・・・・なぁに怒ってんのさ?」
「怒ってなどいない」
努めて、穏やかに問い返したつもりなのにチャールズには私の静かな怒りが読み取れたらしい。
しかしチャールズは相も変わらずいつもの、人を見下したような顔で私を見ていただけだった。
「・・・・・・まさか、本気なの?」
「だったら何が悪い?」
私がそう言った瞬間に。
ブフッ!と奴が吹き出した。
「あっっはっっはっはっはっは!」
「・・・・・・」
笑い声は部屋中に響く。
本来ならば執務中に大声で笑っていることを咎めるべきであるが、私はそれをたしなめるよりも先に大声で怒鳴った。
「何が可笑しい?」
「いや?ぶふっ・・・本当に本当に本気なんだね。あはっ!傑作だ」
しゃべりながらも、チャールズはクスクス笑いを止めようとはしない。
「傑作だと?」
「だってさぁ・・・・・・メイドだよ?確かに可愛い顔してるけどさぁ、僕たちとは身分が違いすぎるよ」
なん・・・・・・だと?
今度こそ、私の思考が完全に止まった。
「女王の馬丁ともあろう者が、下々の女に骨抜きにされてしまうなんてお笑いだね」
「・・・身分など」
「関係ないって?そうだね、突っ込むだけなら関係ないだろうね」
「貴様今何と言った?」
「わかんないなら教えてあげるけどね、身分の違いって結構大きい問題なんだよ。考えても見てよ。君たちがよろしくやってそれで子供とかできちゃったらどうするわけ?」
「もちろん一緒に育てるさ。二人で」
「君らはそれで良いかもしれないけど、その生まれてきた子は正式にブラウン家の嫡男として迎え入れて貰えると思う?はっきり言うけど答えはNo。卑しい身分の母親の腹から生まれてきた子供なんて、爵位も与えられない。君たちは二人愛しあっていたとしても、その子供は一生他人から白い目で見られ続けることになるんだ」
チャールズが早口でまくし立てた言葉に、私は目を大きく見開いた。
・・・・・・そんなこと、考えたことなど無かった。
何も言わない私をじっと見つめながら、チャールズは言葉を続ける。
「貴族の妻は貴族でなければならない。女王陛下の馬丁という確かな地位を与えられている以上、身をわきまえるんだね。ボク嫌だよ?仕事仲間が他の貴族から後ろ指さされてるのの尻ぬぐいするのなんてさ」
チャールズは大きな溜息をつくと、思い出したかのように目の前の書類に向き直った。
私はと言うと先程のチャールズの言葉にただただ呆然として、空を見つめていた。
スコットランドの片田舎で、アリスと過ごしていたときはそんなことなど思いも寄らなかった。
幼い私たちには身分の差など関係なかったから、平気だった。
アリスに思いを伝えたときも、身体を重ねたときも、そこに存在したのは二人の愛だけで、それだけで世界は狂おしいほどに自分達の味方だと思うことが出来た。
二人でなら、世界を支配できるとさえ傲慢にも思った。
でも現実は甘くはない。
チャールズ言うとおりだ。
身分の壁は越えられない。
アリスと私が心の中でそれを乗り越えているとしても、周囲の者はそれを乗り越えることが出来ないから、色眼鏡で私たちを見る。
そして、特に何かしたわけでもないのに、私たちの子供は後ろ指を指されて生きていくことになるだろう。
なんと恐ろしいことだろう。
「なに、ぼさっとしてんのさ。さっさと仕事終わらせてよね。陛下の会議が終わっちゃうだろ」
なんでもいいけど恋にかまけて仕事をさぼるようなこともやめてよね、とチャールズはぶつぶつと小言を呟く。
「その種をまいたのはお前だろうに」
私がそうこぼしても、チャールズはお仕事モードに頭を切り換えているのか取り合ってくれる様子もない。
言うだけ言って満足したと言うことか。
私は憂鬱な溜息を吐きながら、チャールズと同じように書類に目を映して仕事に戻り始めた。