Treasure
□10年目の約束(小説)
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あたしがグレイと出会ったのは8歳の時。
丁度今夜のようにあたしの誕生日パーティーの席だった。
『ほらチャールズ。今夜の主役にご挨拶を』
少しだけ無愛想な父君に伴われた彼は、不本意そうな表情であたしと目を合わせようともしなかった。
大きな灰色の瞳を俯かせ、あえて顔の向きをあたしからそらす。
かなり失礼な態度だったがあたしは気にしなかった。
むしろその端正な横顔にみとれていた。
『チャールズ・グレイ。よろしく』
今考えればかなり不機嫌だったのだろう。
彼のその物言いがたいそうぶっきらぼうだったことを覚えている。
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「リジー誕生日おめでとう!」
パーティーの始まる前に、パパとお兄様がプレゼントを渡してくれた。
人がたくさん来て渡しそびれるといけないからと言って。
「ありがとう!まぁ……素敵な髪飾りね!」
白いシルクで作られた花をモチーフにした髪飾り。
きらきらと光るパールが所々にあしらわれたそれはとても豪華で、それでいてどこか上品な雰囲気を漂わせていた。
もう17になるあたしのための配慮だろう。
今まで持っていた他のどのアクセサリーよりも大人っぽい。
「早速今夜のドレスに合わせてみるわね!」
「喜んでくれてパパも嬉しいぞ!
うふふ……パパったらなんだか今日は張り切っているみたい。
あたしなんかよりずっと嬉しそう。
「リジーももう17か……。時が経つのは早いな」
そんなパパの隣でお兄様が感慨深げにうなずいている。
「……そろそろリジーに素敵な婚約者を見つけてやらないとな」
パパが顎に手をあてて真剣な顔で言った次の瞬間、腕を組んで真面目な表情をしていたお兄様が目の色を変えてパパに食ってかかった。
……まぁ、いつも通りね。
「そ……そっそんな!!まだ早すぎますよ父さん!!」
「そ、そうか?しかし懇意にしているレンダー卿のところのご令嬢も、マーロウ家の娘さんも18で嫁いで……」
「か……母さんだって20を過ぎてから我が家に嫁いできたって言ってたじゃないですか!!」
「……母さんと私は少し特殊なんだよ」
二人はそう言い合いながら当人であるあたしを置いてけぼりにして話を進めている。
これもいつものことだった。
貴族の婚約者は貴族でなければならない。
特にミッドフォード家は由緒正しき女王の騎士の一族として名高い。
そんじょそこらの商人あがりの上流階級(ジェントリ)とは違うのだ。
とはいえあたしはお兄様のように家督を継ぐわけではないし、結婚することになればこの家を出て行く身だなのであまりそのことは関係がないのかもしれない。
でもあたしにとってその手の話は少しフクザツ。
だってあたしには……。
「何せ、剣術の試合で私から結婚を申し込んだくらいなのだからな……あの母さんの勇姿。お前達にも見せてやりたかった……」
パパが目を閉じて思い出に浸り始めると、あたしもお兄様もまた始まった、とうんざりした顔になる。
しかしパパはそれに気がつくこともなく、昔語りを始めた。
それはもう何十回と聞かされたパパとママのプロポーズの話だ。
剣術試合で初めてであったパパとママ。
白髪で穏やかなところのあるパパだけど、今でも剣を持たせると『武人』になる。
眼がキリッと引き締まって、その大剣を振るう様はまさに『英国騎士団長』そのものだ。
今でもそうなのだから昔もそれはそれはすごかったらしい。
でもママはそれに輪をかけてすごかった。
パパいわくあれよあれよとと言う間に一本取られて、気がついたときには地に伏してママに剣先を向けられていたのだという。
『それでも英国騎士団長か!!情けない!』
練習試合用のヘルメットを脱ぎ捨てて、高く結んだ髪を揺らしながらママはそう怒鳴ったらしい。
「汗に雫が輝きながらあの健康的な肌を滑り落ちていく。パパはね、思ったんだよ彼女こそミッドフォード侯爵夫人にふさわしいと」
パパはうなずきながらそう言うと、その次には人目をはばかるような小声になってこそこそと私たちに言葉を紡いだ。
「ここだけの話なのだが、向こうのファントムハイヴ伯爵も『女性にしてはあまりに勇ましすぎるので、これまで浮いた話一つ無い。このままいき遅れになるかと思ったので安心した』と嬉しそうに……」
「誰が行き遅れですか?」
突如としてその場にいなかったはずの第三者の声が響いた。
聞き覚えのある声にパパの身体がビクッと震える。
場の空気が氷点下−2℃ぐらいになった。
「か……母さん!?い、いつの間にそこに」
「あなたが私にプロポーズしたくだりから、ずっといたぞ……全く陛下を、いや民を守る英国騎士団長ともあろう者が妻に後ろを取られるとは……。たるんどる」
髪をオールバックに結い上げ、すっかり支度を調えたママはかなりご立腹みたい。
でも怒っている割には少し楽しそうだった。
なんだかんだ言って、ママはパパのこと愛してると思う。
いいな。こういうの。
あたしも親が決めた相手と一生を共にするんじゃなくて、自分で決めた大切な人と添い遂げたい。
あたしがそんな思いにふけっていると、ママがあたしの方に視線を移した。
ママは顔をしかめる。
「もうすぐパーティーが始まるというのに、主役がそんな格好では示しがつきません。エリザベス、早く支度をしてきなさい。ほら!あなたもエドワードもいつまでもしゃべってないで……」
ママがいつもの『ガミガミ』を始めたので、あたしはママの眼を盗んでそっとその場を離れる。
パパは怒られて少し肩がしゅん、となっている。
……たまにはママもパパに優しい言葉をかけてあげればいいのに。
そしたらママの思いもパパに伝わるのになぁ……なんて思いながらあたしはそっと扉を閉めた。
部屋に背中を向けた瞬間、部屋の中で使用人が報告する声が聞こえてきた。
「グレイ伯爵がお見えになりました」
あたしは思わずどきっとしてしまった。