Treasure
□愛しい貴方と一時を(小説)
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「お帰りなさいませ。旦那様」
「……ただいま」
旦那様は無愛想だ。
毎日のご公務から帰ってこられるといつも疲れたような顔をして、ぶっきらぼうに使用人に挨拶をする。
それを悪く言う人もいるけど、私は気にしない。
旦那様は、剣をおさめているベルトや勲章のついたジャケットを従僕に渡すと、まっすぐにお屋敷の私室に向かう。
用意しておいた紅茶のポットとカップを持って、私もその後に続いた。
……なんだかいつもより早足な気がするのは気のせいだろうか?
私は少し足を速めて旦那様を追いかけた。
既に待機していた使用人がさっと旦那様の部屋の扉を開き、旦那様は当然のようにそこに入っていく。
「紅茶をお入れしますね」
私はそっと盆をテーブルの上に置くと、銀器のティーポットを持ち上げ紅茶を淹れ始めた。
コポコポという音が小さく響き、温かな湯気がゆったりとたゆたっている。
同時につん、ときつい紅茶の香りが鼻腔をついた。
旦那様はというと、窓辺の椅子に腰掛けて物憂げに夕日を眺めている。
私はティーカップを携えて、旦那様に近づいた。
「本日の紅茶はチャールズ・グレイ伯爵様から頂きました、アールグレイをご用意いたしました」
コトリ、と旦那様の前にあるテーブルにそれを置く。
旦那様は窓の方を見るのはやめて今度は私の方、正確にはカップを握る私の指先に視線を移した。
あ……と思ったときには、私の手は旦那様の手のひらに包まれていた。
「だ、旦那様!……どうぞ手をお放しくださ……」
「この傷はどうした?」
旦那様は私が指に巻いている包帯をそっとなぞりながら、私の顔をのぞき込む。
普段は感情を表に出さない旦那様に心配そうに見つめられて、私はそわそわと落ち着かない気分になった。
「……お庭の薔薇がとてもきれいだったので…その…」
私は旦那様の瞳を見ていられなくなって、顔を俯かせながらテーブルの上に差してある一輪の薔薇を震える指先で指し示した。
サーモンピンクの、どちらかというとかわいらしいそれは、女王の執事兼秘書武官という役職のこの堅物そうな旦那様には不似合いに見える。
でも、きっとこのかわいらしい花をかわいいものが好きな旦那様は気にいてくださると思ったから、ここにそっと差しておいたのだ。
棘でゆびがかき傷だらけになってしまったのだが……
旦那様はそれを見ると表情を和らげたが、すぐにまた心配そうな顔になって私を問い詰めた。
「庭師に摘んでもらえば良かっただろうに……」
「いえ!私は庭師さんにあれこれ言えるような立場ではないので……」
「それじゃあ……無理して詰む必要など…こんなに指を怪我して」
私は静かに首を横に振った。
「是非とも……その花を旦那様に見てもらいたかったんです……」
そう言って笑うと、旦那様は数秒固まった。
何かおかしな事を言っただろうか?
戸惑って旦那様の手を振り払おうとした私の手首を旦那様ががしっ!と掴んだ。
そしてそのまま引き寄せられ……
あれよあれよという間に、私はいつの間にか旦那様の膝の上に乗っていた。
「だ!……旦那様!」
「……ダメだな。やっぱり」
背中越しに旦那様が笑うのが聞こえた。
何がダメなのだろうか?なんだか責められているような気がして振り向くのが怖い。
でも、旦那様から放たれた言葉は私の予想を遙かに裏切っていた。
「あんまりかわいいことばかり言われると、おかしくなってしまいそうだ」
可愛い?誰が?
かぁっと体中が熱くなるような気がした。
「だ、旦那様!……ひゃ」
「……ポーラ」
耳元で囁かれると全身がわななく。
ちろっと舌先で舐められれば、押さえきれずに声が漏れた。
変な気分になってしまいそうで、私は膝の上で必死にもがいた。
「い、いけません!旦那様!夕食の支度に遅れてしまいま……」
「こうされるのは、嫌か?」
旦那様の言葉に、私は動きを止める。
「嫌なら、はっきりと言って欲しい。ポーラ……」
旦那様は私の顎に手を添えて、後ろを振り向かせた。
どこまでも優しい表情が目に入る。
窓の夕日に照らし出されたその顔は彫像のよう。
頬がさらに熱を持つのを私は感じた。
「嫌じゃ……ないです」
思わず私はそう口にしてしまった。
ふふっと旦那様が可笑しそうに笑う。
旦那様は私を腰に乗せたまま器用にカーテンを閉めると、完全に腰の抜けた私の身体を横抱きにしてベッドに向かって行った。