黄昏鳶外伝 前

□赤い鳶と青いヒタキ 2
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「…くそっ、なんてこった!」



アドルフォは思わず悪態をついた。
彼が睨みつける先には下卑た笑みを浮かべた男達が4人。
こちらに拳銃の銃口を向けながら近づいて来る。



「へっへっへ…兄貴ぃ、計画通りドンピシャですぜぇ」



「ここいら一体、谷や岩山の竪穴に俺らの隠れ家があるとも知らずによぉ…一見平坦に見えるこの平地もよぉ、モグラの巣穴みてぇに隠し扉があんのよぉ!」



見て分かり易いならず者な風貌をした男達…おそらく下っ端であろう二人はご丁寧な説明を添えてくれた。
そうか、この領域には地中に空賊のアジトがあるのか。
では無事に生きてここから帰れたら仲間に報告だ。
商船の護衛を仕事とする用心棒たるアドルフォにとって空賊が根城にしている領域は飯のタネでもあるし、戦闘避けて通りたい時にもこういう情報は知っておいた方が良いのだ。



「馬鹿野郎、余計な事言うんじゃねえ!」



「すいやせんっ! 兄貴っ!」



リーダー格の男がうっかりと口を滑らせた手下を叱り飛ばした。



「……さて、痛い思いしたくなきゃ大人しくしときな。
こっちゃ荷物に用があるんでね。
商売道具の戦闘機をスクラップにしちまって金目の物は何も持ってねえような用心棒に構ってる暇はねえのよ」



気を取り直して空賊の親玉がアドルフォに凄んで見せた。



「時間も惜しいが弾も惜しいからよぉ、運が良かったなぁ!」



「馬鹿野郎、余計な事言うんじゃねえ!」



「すいやせんっ!」



口が軽いらしい子分がどんどん自分から情報を吐いていく。
まるでコントの様な馬鹿馬鹿しい光景である。



「おい、何だその可哀そうなものを見る目は!
てめえの頭に風穴開ける分の弾はあるんだぜ!」



空賊がこのままアドルフォに舐められてしまわないようにと慌てて声にドスを利かせた。
…間抜けな子分たちのおかげで大分空気が緩くなっていたが、確かに状況的には相変わらずアドルフォの劣勢である。



「よし、おめえら盗るもん盗ったら、こいつらの救援が来る前にとっととずらかるぜ!」



「「「うっす!」」」



歯がみするアドルフォの目の前を空賊たちが悠々と通り過ぎ、撃墜され不時着した鍾馗に向かっていく。
ニヤニヤと厭味ったらしく笑う空賊どもの顔面を殴り倒してやりたいが、しかし相手は銃を持って此方を威嚇している。
下手には動けない。



(どうしたらいい…どうしたらこの場を切り抜けられる)



全く、最悪だ。
請け負った今回の護衛任務で星を増やすつもりが墜とされて。
墜落する愛機を棄ててベイルアウトして。
今頃アドルフォの紫電は木っ端微塵。
そして護衛対象機も撃墜されてしまった。
損失だらけとなってしまった今回の仕事である。
いくら空賊が念入りに待ち伏せしていたとはいえ、こんな手に引っかかってしまったのは自分の不注意のせいでもあった。



(くっそー! たかが空賊に!)









■黄昏鳶 外伝■
〜赤鳶と青いヒタキ 2〜









アドルフォが「たかが」と侮った空賊に撃墜されてしまったのは、ほんの少し前の事。



運送機を編隊で護衛しながらカイチからイヅルマまでの航路。
空の駅に寄りながら、その道中は順調そのものだった。
至って平穏であった。

事態が急変したのは、丁度街と街の中間…進むにしても引き返すにしても距離が開いてしまった、そんな空域だった。

空賊の襲撃があった。
勇んで空賊との闘いに挑んだまでは良かった。
問題は交戦開始から少し経ってからだった。

最初はこちらを包囲する様に展開して来た空賊たちが少しずつ少しずつ、纏まり始めたのだ。
最初は気にも留めていなかった。
ただの偶然だと思っていた。
というよりむしろ、連中が苦境に追いやられて仲間同士固まり始めたのだと、そう思ったのだ。
たかが空賊、組織された連携行動など出来るはずがないと、そう侮っていたのは否めない。
ナサリン飛行隊の中の最古参のベテランが空賊たちの動きに違和感を覚え始めた、そんな時に空賊の別動隊が雲の向こうから急襲してきたのだ。
その時のナサリン飛行隊は、纏まって動く空賊達に食いついていた。
いつの間にか、運送機の鍾馗とナサリン飛行隊は分断されていたのだ。

無防備な鍾馗の3機に空賊が迫る。
一番最初に食いつかれたのは編隊左翼の機…快人の機だ。

その時に近場に居て何とか対応できそうだったのがアドルフォであった。



「やってくれるじゃねえか空賊が!
そうはいくかよ!」



アドルフォは追尾した。
獲物に夢中になっているのであろう空賊は単調に飛んでいる。
鴨軌道にアドルフォは内心で舌なめずりをした。
これは初の星を頂くチャンスだ、と。
狙いを定め。

機銃を…!

…そんなタイミングで無線から僚機の鋭い警告の声が飛んで来た。






「アドルフォ後ろだ!!」






アドルフォの機の真後ろに空賊が張り付いていた。
気づいた僚機のフェルナンドが警告をするが、一歩遅かった。


アドルフォがもっと経験を積んでいれば上手く回避することも出来たかもしれない。
一瞬一瞬の判断が空戦では命とり。
そして常に周囲を…特に自分が攻撃をする瞬間にこそ背後の確認をするべきだった。
しかし、彼はまだ用心棒歴半年。
新米である。
鴨を撃ち落とすつもりが、鴨にされてしまったのはアドルフォの方だった。
アドルフォの前を飛び快人機を狙っていた…様に見せていた空賊が急旋回をした。
その瞬間、ダダダダッ…っと機銃の音。
アドルフォの機銃の音ではない。
僚機の機銃でもない。

ガガッと、アドルフォの機体を嫌な衝撃が襲った。



「ああっ!? くそぉ!!」



コクピットに被弾しなかったのは幸いとも言える。
しかし機の体勢を立て直そうにも翼の桁をやられたらしく、新米のアドルフォには歪んだ翼で上手く空気を掴めなかった。
愛機はアドルフォの意思に沿わず機体をふらつかせ、よれて、真っすぐに飛んでくれない。
更にそこに追い打ちが撃ち込まれたらしく、ボンっと火の手が上がる。
燃料タンクがやられたか。



(やべえっ…! 体勢持ち直せねえ!
ていうか落ちる!!)



出火自体は消火装置のおかげで火は納まった。
しかしもう紫電は飛べる状態ではなかった。
墜落しながら雲に突っ込んでいく。
真っ白い靄に包まれ、感覚が狂う。

下の地形は? 立て直せるのか? 着陸はできそうか?
いや、いいや…この状態では生還自体が…



(くっそが! イチかバチかだ!)



ベイルアウト
雲の濃い中、ベイルアウト行為は危険である。
この雲は積乱雲…では無さそうだが…強い吸い上げが100%無いとも言い切れない…かもしれないし。
かといって、雲の中では下の地形がどうなっているかも分からない。
一応事前の航路確認でこの辺りがどういう地形なのかはおおよそ把握しているが、認識外の想定外があってもおかしくはない。
このまま落ちて雲が途切れるのを待ったとして、もしもその先が高山だったらパラシュートなんか開いている暇もなくあの世である。
この決断、吉と出るか凶と出るか。



(俺はやるぜ!)



白い靄のかかる中、機から飛び出し開かれたパラシュートの色は周囲の色に溶け込んだ。
あっという間に白の世界の底に消えて行った瑠璃色の紫電と自分自身の行く末は何処なのか。
お先真っ暗…ならぬお先真っ白である。

雲の中を漂う間、上空から交戦の音が響いてくる。
機銃音、そして金属に被弾した高い音。



「…誰が誰にやられた?」



…そう思っていると、急速に頭上から不安定な唸りを上げながら何かが降ってくる。
一瞬、まさかこっちにぶつかるんじゃないだろうな?と肝を冷やしたが、音が頭上から逸れていくのが分かってひとまずほっと息を吐く。
白い靄の隙間に落ちていく機体が一瞬見えた。
瑠璃色の紫電ではなかった。
かといって空賊の機体でもなかった。



「お前か」



墜ちて行ったのは鍾馗。
パイロットの顔までは、こんな一瞬で雲の中では確認しようもなかったが、隊列的に考えればアドルフォの護衛担当だった機…快人であろう。

雲間が切れて地上を見下ろせば、その周辺には目立って大きな山も無く深そうな谷間も無く、割と平坦な荒野地帯があった。
このまま何事も無くいけば、着地も無事に済みそうだ。
赤茶けた荒野の中に今、鍾馗が危うげながらもどうにかこうにか、荒めであるが不時着を果たした所が見えた。



「…とりあえず、降りたらアイツのとこに向かうか…あの鍾馗なら無線使えるかもしれねえし」



アドルフォの紫電は今頃スクラップだ。
快人の鍾馗ならば無線で救援を呼べるかもしれない。


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