それぞれの物語

□恋心の行方
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ある晴れた日の正午だった。

ここはパルミド地方。
ならず者たちが集まる治安の悪い場所である。





町外れの池に囲まれた小さな家に、とある人物が訪ねてきた。


「よお、俺ぁ天下の大盗賊カンダタ様だ!
ゲルダに会いに来た、そこ通してもらおうか?」



覆面で顔を隠し、背中には大きな斧…
明らかに不審者だが、この辺の者は見た目は気にしない。
しかしその名前を聞いて、扉を塞ぐように立っている覆面男は驚いた。



「か、カンダタァ!?!?
あの伝説の……だ、だが、ゲルダ様はただいま昼食中だ!
ここは通せねえな、帰った帰った!」




「ああん!?このカンダタ様が用事があるって
わざわざこんなとこまで来たんだ!タダでは帰れねえ!
さあ、そこを退きやがれ!!」




家の扉の前で覆面男と覆面男が言い合いをしている。
今にも取っ組み合いになりそうなところで、仲裁の声が入った。




「うるさいねえ!ったく丸聞こえだっての。
カンダタァ?さっさと通してやんな、飯が不味くなる。」




中からの主人の声に、覆面男はしぶしぶ扉から離れる。
カンダタは勝ち誇った顔をしてズカズカと家の中へ入った。





「久しぶりだなゲルダ。相変わらず、また変なのを付けやがって。
ちゃんと教育してんのか?この俺を通さないとは、なってねえやつだ!」




「なんだい、ここへ来てわざわざ文句言いに来たのかい?
だったら帰んな。
こう見えてあたしは忙しい身なんでね。」




ゲルダはお気に入りの椅子に座り、手と足を組んでいる。
いつもと違って機嫌が悪い。食事を邪魔されたあげくに大事な部下を侮辱された。
人情深い彼女が腹を立てて当然のことだ。




「そんなこと言いに来たんじゃねえ!
ったく。お前はお気に入りに文句一つでも言えば、すぐこれだ。
用ってのはヤンガスのヤツだ。あいつの居場所知ってるか?
お前だったら知ってそうだと思って来たんだ。」




元々ヤンガスとゲルダは幼き時、不思議な世界に迷い込み助け合って生活した者同士だった。

今では疎遠だが、やはりお互いのことを気にかけている節がある。




「はあ?
なんであたしがあの豚男の居場所を知ってるんだい。」




「情報屋からヤンガスがゲルダに会いに行ったって聞いたんでな。
ヤンガスにクラン・スピネルの情報を渡して貰いたいんだが、あいつなかなか捕まんねえんで困ってんだ。」




クラン・スピネル

アルゴンハート、ヴィーナスの涙に並ぶ最高級の宝石。
世界三大宝石の一つだ。


かつてエイト一行が、ゼシカ救出のために
リーザス像の目に埋め込まれていた物を、リブルアーチの呪術師ハワードに渡したのだった。




「はあん、クラン・スピネルか。
驚いたねえ。あんたが宝石のなんかに興味があったなんて、知らなかったよ。」




「この世界でも数個しかない貴重な物らしいじゃねえか。
しかも一般には出回ってねえ代物だ。
一度でいいからお目にかからなきゃ盗賊失格だろ?
ヤンガスがそいつを手に入れたことがあるっつう驚きの話を耳にしてなァ。
あいつからどこにあるか聞き出そうって寸法だ、賢いだろ!」




ふん、と鼻で笑ってゲルダは暖炉の方へ向き直る。

何がおかしい?

カンダタが尋ねると、スッと立ち上がって
部屋の隅の宝箱から、こぶし大の大きさの石を取り出した。




「そ、そいつはヴィーナスの涙じゃねえか!
お前、ついにそれを手に入れたのか。ずっと欲しがってたからなぁ…」




触られてくれ、と伸ばしたカンダタの手をゲルダは払いのけた。


「こいつはヤンガスが取ってきたのさ。
仲間の馬車をあたしから取り返すために、あいつは体を張ったんだ。」




手の中の宝石を見ているはずなのに、どこか遠いところを見ている。

ゲルダは青い宝石を暖炉の炎の光にかざす。
すると石の中で光が乱反射し、部屋中に輝きを放った。




「驚いたよ…。
あたしのためには取ってこれなかったこの石っころを、仲間のために取ってきたんだ。
あいつは変わった。きっとクラン・スピネルも、そのお仲間さんのためだったんだろうねぇ。
それをあんたみたいな盗賊に、ホイホイ情報を流すわけないさ、諦めな。」




そっと目を伏せ、ヴィーナスの涙を布で包んで箱の中へ戻し
またいつもの鋭い目でカンダタの方を見て、手で『出て行け』とアピールする。

カンダタは驚きが隠しきれない様子で、唯一露わにしている目をパチクリさせていた。



「信じられないかい?これで話は終わったろ、居場所は知らないよ。
あの空に浮かんでる暗黒神って奴をぶっ飛ばしに行くって言いに来てただけさ。
世界を救うために、だとか言ってたねえ。」




「あの黒い塊を!?
ヤンガスのヤツぁ、一体どうしちまったんだよ……。
盗賊の家系に生まれた正真正銘の悪人が、世界を救うだ??
ゲルダ、お前夢でも見たんじゃねえのか?」




「夢なんかじゃないさ、この目でちゃんと見たんだ。
あたしに必死に土下座をしたり、ガキを"兄貴"って呼んで後をついて行くあいつを……。
よっぽどあのガキが気に入ったんだ、あいつの人生を変えるほどのヤツなんだよ。」




ブーツのかかとで床板を鳴らしながら窓際へと移動する。
ガラス越しに見上げた真っ赤に染まった空には、黒い雲が渦を巻いて君臨している。

ゲルダは目に映ったそれを睨みつける。
もしかしたら大切なもの全てを奪っていくかもしれないものを。



「ヤンガスを変えたガキ、か。
ぜひお目にかかりてえもんだぜ……。
でも俺よりもちょいとだけ強い、禍々しい邪悪な気配。
あんなのをぶっ飛ばすなんざ……下手したらそいつら、死ぬぞ?」




「死なないさ。きっと、あいつらは戻ってくる。
あたしの勘は当たるんだ、間違いなく無事で帰ってくるさ。」




躊躇なくゲルダは答える。
カンダタは喉の奥から唸り声を一つ上げた。




「それでよぉ、帰ってきたらどーするんだ?
お前、ヤンガスのこと好きなんだろ?
情報屋にお前がヤンガスのことを聞きに来るって聞いたぞ。
あいつの気持ちも知らないわけじゃねえんだし、お互いもういい歳だ。
あのでけえのをぶっ飛ばすって言い張るほど、強くなったんだろ?
そろそろ、考えてやってもいいんじゃねえのか?」




ゲルダはさっきのように鼻で笑って踵を返し、また椅子に腰掛けた。
そして、ゆっくり腕を組み直し、遠くを見つめる。




「ったく、情報屋は口止めが出来ないから使いづらいっちゃあらしないねえ。
あたしは女盗賊ゲルダ様さ。
で、あいつは世界を救った英雄になる。
……もう、あいつとは住む世界が違うんだよ。
あたしは弱い。お宝探しに海賊の洞窟に行った時も、あいつに庇われちまった。
お仲間さんたちとシャバの世界で生きて行くのが、あいつの…ヤンガスの幸せなんだよ。」




だんだん珍しく弱気な口調になっていく。
目を閉じて大きく一つため息をつき、振り切ったように勢いをつけて立ち上がった。




「変なことまで喋っちまったね。さ、もう用は済んだろ?
ヤンガスに会いたいんなら、空の上のヘンテコなヤツのとこへ行くのが一発さ。
あたしは飯の途中なんだよ、とっとと帰った帰った。」




振り返ってシッシッと手でカンダタを追い払う。
どこを見ても昼飯の用意なんてどこにも無かった。

何も口には出さず、言われた通りもう用はなくなったカンダタは扉の方を向いて歩き出す。

扉の前まで来ると、また椅子に座り直したゲルダの方を振り返った。




「情報ありがとよ!
………盗賊なら、後悔だけはすんじゃねえぞ。」




「あーもう鬱陶しいね!
門番につまみ出させるよ!早く出て行っておくれ!」




へいへい、と心のこもってない返事をしてカンダタは家を出た。
外では門番の覆面男が涙を流していたのは、言うまでもない。



(終)

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