見渡す限りの世界へ

□さよなら、ぼくのふるさと
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「もう7年になるんだぞ。
いつになったらエイトの処分を決めるのじゃ。」




ここは竜神族の里。
竜と人の姿をもつ一族が住んでいる秘境である。

声が聞こえるのは里の会議場。この里で一番大きな建物だ。
中では長老たち総勢6人が長老会議を行っている。




「そろそろ覚悟を決めるのじゃ、グルーノ。
我ら竜神族は人と交わってはいけぬ存在。
掟を破った貴様の娘ウィニアの子を、この里には置いておけぬのじゃから。」




「だが、エイトはまだ7歳…。
人間の世界に放り出して、1人では生きてはいけないではないのか。」



顔を俯け焦っている長老の1人、グルーノだけが反論する。
グルーノに向かって他の長老たちは言い続けた。


「そう言い続けてもう何年が経った。
グルーノ、それでは一向に話が進まんのじゃ。」


「グルーノ老よ。
エイトがこの里でどういう扱いを受けておるのか、知らぬわけではないであろう。
『人間の血を引く忌み子』と言われ、気味悪がられていることを。
本当ならば殺してしまわねばならぬ存在なのを、人間界への追放で済まそうと言っているのだ。
あの子のことを考えるなら、これが妥当だと思うのだが?」



その言葉にグルーノはむぅ、と唸った。
確かに孫であるエイトは竜神族と人間との混血、いわゆる異質な存在だ。
一部の者は、エイトの処刑を求めている。

でも竜神族の血を引くのも、紛れも無い事実。
7年も共に暮らした自分たちの仲間を、そう簡単に切り離していいものなのだろうか。


エイトのこの問題には、里の長である竜神王も頭を悩ませている。
しかし、処刑や追放と言った意見が絶えない以上、
エイトはこの里から追い出さざるを得ないのが現状だ。



「…なら、わしも一緒に追放してくれ!
元はと言えば、わしがウィニアをちゃんと見ておればこんなことにはならんで済んだこと。
可愛い孫だけが追放され、自分はのうのうとここで生活するなぞ…
そんなこと、わしには出来ん!」




グルーノの意見に、長老たちはざわつく。
確かにこれは、好奇心旺盛だったウィニアと監視していなかったグルーノの責任でもある。



「そなたは我らと同じ、この里の長老会議の一員。
そなたを追放するわけには行かぬ。」




「な、なぜじゃ!
なぜ可愛い孫が死ぬかもしれんと言うのに、
わしだけここでのうのうと暮らせと言うんじゃ!」




「おぬしはここで、もうウィニアやエイトの様な者が出ないように
里の民を監視するのだ。
それがおぬしへの罰だと思え…。」





グルーノの強気な言葉は、もう通らなかった。
もう7年もこの問題の結論は出ず、周りからもどうなっているのだと問われている。

もうこれで結論を出すしかない。




「エイトの今までの記憶と、竜神族の力を封印して追放する。
それがあの子にとっての幸せじゃ。
分かってくれ、グルーノよ。」




「これがあの子が背負ったものなのだ…。
エイトをこの竜神族の里で暮らした記憶をすべてと能力を封じ、追放する。
この意見に賛成の者は挙手を。」



6人中5人
つまりグルーノ以外のすべての者が手を上げた。



「そ、そんな…」



グルーノはショックのあまり崩れ落ちた。
一人娘の忘れ形見である孫を、しかも記憶を封じて人間界に捨てるという
一番エイトにとって辛い結論が下されてしまった。




「せ、せめて、追放はエイトが8歳になったらにしてくれ。
でないとあまりに過酷じゃ。本当に死んでしまう!
わしの顔に免じて…頼む!」




「…そうじゃな、確かにまだエイトは幼すぎる。
8つは竜神族では区切りの歳。
グルーノ老の意見、どうじゃ?皆はそれでも良いか?」



エイトの追放に乗気ではなかった1人の長老が残りの4人に尋ねる。
思わず顔を見合わせるが、これもエイトのため。そして仲間のため。




「…ああ、ではエイトが8歳になったら竜神王様に呪いを施してもらい、
里から追放するということで決定とする。」




その言葉を聞き、あとの3人も頷く。

他の長老たちが会議場を出て行く中、グルーノは地面に蹲ったままだった。





「わしがあの時、ウィニアを連れ戻しさえしなければ…。
すまぬ、エイトよ。無力なおじいちゃんを許してくれ…。」




**********





しばらくして、肩を落としながらグルーノはエイトが待つ我が家の前まで帰る。

笑顔を作って入った玄関には、茶髪の小さな少年が待っていた。



「あ、おかえりおじいちゃん。どうだった?」




まだあどけなさが残る孫。
母ウィニアのように礼儀正しい性格をし、父エルトリオに瓜二つの賢い孫。

この子がもうすぐ、追放されてしまう。

そう思うとまた目頭が熱くなったが、
涙が出ぬようにしっかりと堪えてエイトの頭ををわしわしとなでた。

言いたくない、だが言わなければならない現実。
グルーノはしゃがんで、エイトと目線を合わせた。



「エイトよ…すまん。
おじいちゃんの力が無かったために、お前は8歳になったら
この里を出てゆかねばならなくなってしまった…」




今にも泣いてしまいそうな、震えた声でグルーノは言った。

そんな祖父を見て、エイトは一瞬寂しそうな顔をしたが
すぐに前歯が1本抜けた歯を見せながら、ニッコリ笑った。



「そっか、仕方ないね。
ありがとうおじいちゃん、今までぼくのために頑張ってくれて。」



「え、エイト…。
わしを責めないのか?」



「どうしておじいちゃんを責めないといけないの?
おじいちゃんのおかげで、出て行くだけですんだんだから。
本当だったら殺されてたかもしれないのに。
逆にぼく、すっごく感謝してるんだよ?」



7歳とは思えない、大人びていて落ち着いた様子。
『殺されていたかもしれない』
きっと、長老会議の内容をこっそり聞いていたのだろう。

大人しくしていないと、ここにはいられない。

グルーノは思った。
そんな周りの環境が、エイトから子供の心を奪ってしまったのかもしれない。

他の長老たちが言っていたように、この里や竜神族の掟から解放することが
エイトにとって幸せなのかもしれない、と。


内心は不安でいっぱいだろう、エイトはまだほんの子供。
気を使って明るく接してくれているのだ。
自分ばかり暗い顔をしていられない。


エイトの漆黒の瞳が、じっとグルーノの目を見ていた。



「そうか…。
8歳まであと数ヶ月しかないが、楽しく過ごそうな、エイト。
今日はお前の好きなチーズ料理を作ろうか!」



「うん!おじいちゃん、大好き!」



無邪気な笑顔を見せるエイト。
それにつられ、グルーノの顔も緩む。

そして2人で仲良く手を繋ぎ、部屋の中へ入っていった。


(2ページ目に続く)
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