見渡す限りの世界へ

□お姫様のほしいもの
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ここはトロデーン城。


朝、1人の少女が噴水の淵に座って、ボーッと太陽が昇り始めた空を眺めている。
その様子を見たメイドは、彼女に声をかけた。




「姫様、そんなところにお座りになっていては危険でございます。
今日はまだお寒いですので、早く中にお入りください。」




少女は、ゆっくりメイドの方に振り返った。



「もう少しだけ…。
ミーティアはもっと、お外に出ていたいの。」



そういって、名残惜しそうに木を見た。
彼女の目線の先には、枝に止まっている1羽の小鳥がピィピィと小さく鳴いている。




「ミーティアもあの小鳥さんみたいに、お空を飛んでいけたらいいのに…
そしたらお父さまのお手伝いだってできるわ。」




「しかし、あんな小さい鳥では大きな鳥たちに食べられてしまいますわ。
この前のお勉強で、先生がそうおっしゃっていましたではありませんか。
それにトロデ様は護衛の方々もいらっしゃいます、ご心配なさらないでください。」




メイドの言葉を聞いて、今度は木のずっと上_
天高く優雅に大空を飛んでいる鷹の方を見た。



ミーティアには母も、兄弟も、友達すら1人もいない。
もともと体の弱かった母はよく風邪をこじらせていたそうだ。
そして、彼女を身ごもった時にも体調を崩し亡くなってしまった。


そのせいか、父親トロデは軽い病や怪我でも大騒ぎするようになった。
…もう二度と大切な人を失いたくないから。

だが、そんな過保護な環境のせいで彼女の自由は制限されてしまった。



城にはもちろん子供もいる。だが、『姫』と『平民』という身分の違いからか、
だれもミーティアには近づかない。



トロデは愛娘のことを母の分の愛情も注ぎ、誰よりも可愛がっていた。
しかし、一国の王であるため業務や会議で忙しい日々が続く。

そんな彼は、なるべく寂しい想いをしてほしくない。
と、食事は必ず一緒にとるようにしたり、空いた時間に話をしたりしている。


しばらく城を離れる場合は、そばにメイドを付けさせている。

しかし、それは主従の関係で成り立っているものだ。
メイドも「主」として彼女の事を扱っている。
そのことは7歳の少女でも悟ってしまっているのだろう。



「姫様、そろそろ中に入りましょう。
明日の夕方にはトロデ陛下がお戻りになられます。
もしお熱でも出たら大変ですわ、さぁ。」



メイドが促すと、ミーティアはしぶしぶ淵から降りて歩き出した。


トロデは一昨日から領地の見回りへ出かけている。

トロデーンの領地はかなり広い。
それを4日かけて、橋の点検や危険なところが無いかなどを見て回らなければいけない。
これはかなりの重労働だ。


仕事だと言うことはミーティアも十分分かっている。
だが、やはり何日も会えないのは寂しい。



(早く返ってこないかな、お父さま…)



アプローチを歩きながら遠くに見える町の景色を眺め、
大好きな父の帰りを待ちわびていた。



**********






今日のミーティアは、昼から夕方まで勉強をしていた。

これが父と約束した、「お留守番」。



ミーティアには、将来の夫…つまり婚約者がいる。
サザンビークの王国の王子だ。
もし彼と結婚することができれば、同盟としての絆が固く結ぶことができ、支援も受けられる。
簡単に言うと『政略結婚』と言うもの。

一度もあったことの無い人と生涯を共にしなければならない。
しかも、嫁いてしまえば二度とトロデーンには戻って来られない。


そんな彼女の勉強とは「花嫁修業」。


ダンス、ピアノ、礼儀作法は基本中の基本。
特に、トロデーンもサザンビークも年に数回舞踏会が行われるため、
必ず覚えなければならないのだ。

しかし、まだミーティアは体が小さい。
舞踏会も参加しないことが多いため、今はダンスよりもピアノが重視されている。




今日はそのピアノのお稽古の日。
ミーティアはピアノを弾くのが大好きだった。


1日のほとんどを部屋で過ごすミーティアにとって
弾けば弾くほど上達していくピアノはいい暇つぶしになる。
それに、自分が弾いた音を父が心地よさそうに聴いてくれるのが何よりも嬉しかった。




「今日のお稽古も楽しかったわ。
ピアノはずっと弾いていたって飽きないもの。」



楽譜を整理しながら、さっき練習した曲を口ずさむミーティアの後姿を見て
メイドはふふっと思わず微笑んだ。



「楽しみなことがあるのは、とっても良いことですわ。
トロデ王も姫様の奏でるピアノの演奏は世界一だっておっしゃってましたもの。
また、私にも姫様のピアノの音色をお聞かせください。」



洗濯物の片付けをしながら、笑顔でメイドはそういった。
メイドの一言で、ミーティアは無邪気な笑顔を見せた。



「ええ、もちろんよ。
あなたにもよろこんでもらえたら、ミーティアとっても嬉しいもの。」





メイドはふと思い出し、掃除の手を止めた。

もうすぐミーティアは8歳の誕生日を迎える。
そこでトロデから
『ミーティアが欲しがっているものを聞き出しておいてほしい』
と頼まれていた。

トロデが尋ねても
『お父さまがくださるなら、ミーティアは何でも嬉しいわ。』
と、お決まりの返事を返す。


もしかしたらそばにいるメイドになら、本音を漏らすかもしれない。そう考えたのだ。




「姫様、何か欲しいものなどはございませんか?」


突然の質問に、ミーティアは驚いて振り返った。


「急にどうしたの?」


「私には4歳になる姪がおりますの。
もうすぐ誕生日を迎えるので、プレゼントをと思っているのですが…
私、何をあげればいいのかが分からなくて。

同じ年頃の姫様のほしいものなら、きっとあの子も喜んでくれると思うのです。」



彼女には姪はいない。
これはミーティアから本音を聞きだすための真っ赤な嘘だ。


「うーん、そうね…」



一度呟き、引き寄せられるかのように窓へ近づいて
星が輝きだした夕空を見上げた。
空には2羽の小鳥が自分たちの家へ帰って行く姿が見えた。



「…おともだち」



「え?」




メイドもミーティアが見ているものを見た。
トロデーン城の木の枝に作った巣に戻り、仲良く毛づくろいをしている。



「いえ、何でもないの。
お人形なんてどうかしら?それならきっと誰でも嬉しいと思うわ!」



そういうとニッコリ笑った。

しかし、一瞬見せた寂しそうな顔がメイドは忘れられない。
さっきの言葉は彼女の本心だったのかもしれない。

メイドはそのことを追及することはしなかった。



「お人形ですか、確かに私ももらった記憶があります。
あの子も喜んでくれますわ。ありがとうございます、姫様。」



「今度、その子に会ってみたいわ…」


またミーティアは空を見上げた。
今日は満月だった。




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