見渡す限りの世界へ

□少年が見た夢
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次の日の朝

トロデを乗せた馬車と護衛たちは予定よりも早く、トロデーン領の荒野まで戻ってきていた。



「はぁ、見回りはさすがに体に応えるのぅ…。
しかもこの荒野は腰に響くわい。」



「陛下。今しばらくのご辛抱を。
このガタガタ道を抜ければ、城まであと少しでございます。」


前に座っていた大臣も、腰をさすりながら言う。



ふとトロデが馬車のカーテンを開けると、そこには巨大な船があった。
これは太古の昔に使われていたとされる古代船。


この辺りは岩塩が多く産出される土地。
ということは、ここはもともと海の中に沈んでいたと言う証拠だ。

それが時の流れと共に水位が下がり、古代船も地上の真ん中に置き去りにされた状態となっている。


この船がどういう原理で動いていたのかは、未だに解明されていない。




「こんな地上のド真ん中でなければ、かつての力を発揮できたかもしれんじゃろうに。
お前さんも悲しいじゃろう。
どうにかしてやりたいものじゃがなぁ…。」



独り言を呟いてため息を付き、カーテンをもとに戻した。








しばらくすると、さっきまでの激しい揺れは収まった。
荒地を抜けたのだ。



「おお、もうすぐ帰れるぞ!早う姫の可愛い顔が見たいわい。
しばし休息をとって、姫とゆっくり土産話でもしようかの。」



「予定より早く戻れそうですな。姫様もお喜びになられ…」



大臣が言い終わらないうちに、ガシャンと馬車が急に止まった。
2人の小さな体が、一瞬宙に浮いた。

ヒヒーンと、馬の大きないななきが聞こえる。



「な、何事じゃ!」



大臣は急いで窓を開け、外にいる護衛の兵士に尋ねた。

少し戸惑った様子で兵が馬車のもとへやってきた。



「その…、どうやら橋の前で行き倒れている者がおりまして。
すぐに退けますので、しばしお待ちを。」



そう言った兵士をトロデは「待て」と呼び止める。

遠くて顔は見えないが、よく見ると子供のようだ。
うつ伏せになって倒れている。



「すぐにその者が生きているかどうかを確認せい。」



「あ、はは!」


兵士は子供の細い首筋の手を当てる。



…ドクン……ドクン……


弱いが脈はあり、呼吸もしている。



「その者をこちらへ。どうじゃ?」



「辛うじて息はあるようです、脈もありますが…
かなり衰弱しており、このままでは危険です。」




兵士は子供を抱きかかえてトロデの元へ戻った。


子供は男の子。年は娘と同じくらいだろうか。

短めの茶色い髪は痛んでいて服はボロボロ。
靴は履いておらず、足は擦り傷がたくさん出来ており、土や泥で変色した布が巻いてある。
何も食べていないのか、体はゲッソリと痩せこけていた。
手足もダランとしていて生命力が無い。

破れかけのポケットには、変わった姿をしたネズミが
顔を見え隠れさせている。


トロデは元気に走り回る愛娘の笑顔を思い出し、目頭が熱くなった。



「…その者を馬車に寝かせて城まで運び、手当てをしてやるのじゃ。」



トロデの言葉に、「なぬ!」と大臣は目を見開いて驚いた。



「し、しかし陛下!そのような者を城内に入れるなど…」



「よう見たら姫と同じような年頃、ほんの子供ではないか。
助かる命を放置して何が国王じゃ、何が見回りなんじゃ。
姫に『子供を見捨ててきた』と言わせたいのか?」



「い、いえ!めっそうもございませぬ!
さ、お、お前!その者をここに寝かせろ!」



大臣は焦りのあまり噛みながら兵士に命じる。
少年は、兵士によって馬車の座席にそっと寝かされた。


「では、早うトロデーン城へ帰るぞ!」


トロデの一声で馬はまたいななき、コトコトと目の前の城に向かって歩き出した。




**********




長い釣り橋を渡り、門をくぐった先の庭には
国王の帰りを待っていた兵士やメイドたちが出迎えに出ていた。



「お帰りなさいませ、トロデ王、大臣。
さあ、どうぞ中にお入りになって休まれてください。」



馬車から出ていたトロデに、待機していた近衛隊の隊長トムが駆け寄った。



「それより、早う神父を呼べ。
この者を病室に運び、手当てをしてやってくれ。」



「分かりました。
おい、誰かすぐに神父さまを病室にお呼びしろ!」



トムは急いで部下に命令を下すと、馬車に乗せられていた少年を
しっかりと抱きかかえ、城の方に向かって走り出した。



「さて、わしらも城内に入るとしようかの。」



「はい。陛下、きっと姫様がお待ちになっておいでですぞ。」



「おお、そうじゃの。
メイドさんよ。お茶の準備をしといてくれ、わしと姫の2人分じゃ。」



そんな会話をしつつ、トロデ一行はトロデーン城の中へと戻っていった。






**********



「お父さま、お帰りなさい!」


トロデが部屋に戻って普段着に着替えていると、ミーティアが笑顔で駆けてきた。


いつもなら城内といえども護衛を連れているのが普通だ。
しかし、大好きな父に早く会いたかったミーティアはメイドを置いて大急ぎでやってきた。

そんな子供らしい姿に、トロデは嬉しくて目を潤ませた。


「おおミーティア、会いたかったぞ。
ちゃんと留守を守っていてくれたのじゃな、わしは嬉しいぞ!」


「お昼って聞いてたからビックリしちゃった。とっても早かったのね!
ミーティアもお父さまに会えて嬉しいわ!」


可愛い娘の頭を、トロデは優しく抱きしめて頭をなでてやった。


すると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。


「む、誰じゃ?入ってまいれ。」



お辞儀をしながら「失礼いたします」と言い、メイドが部屋へと入って来る。
そして、後から小さなワゴンがやってきた。



「陛下、お茶のご用意が出来ました。」



彼女が持ちあげたお盆には、白いティーセットが乗せられていた。
これは、トロデーン城の由所正しいティーセット。
カップの淵には赤いバラがあしらわれている。



「おお、そうじゃったわい。
姫や、久しぶりにわしと茶でも飲もうぞ。」



「ええ!何日ぶりかしら、お父さまとお茶をするなんて。
ミーティア、とってもうれしいわ!」


「そうかそうか!
姫が喜んでくれたら、わしもうれしいぞ!」


2人は椅子に座り直すと、メイドはテーブルにティーセットを並べて紅茶を注いだ。

もくもくと白い湯気がたちこめ、良い匂いが漂ってきた。





ティータイムが終わると、ミーティアは勉強の時間となった。
ミーティアは少し名残惜しそうにしていた。



「ではお父さま、また後でもっとお話を聞かせてね。」


「もちろんとも。しっかり勉強してくるのじゃぞ。」



ミーティアは「はーい」と明るい返事をすると、自分の部屋へと戻っていった。



その様子を見届けたトロデは、ミーティアに付けていたメイドに話しかけた。



「して、ミーティアは何か欲しい物を言っておらなんだか?」



「あの…そのことなのですが。
姫様、ポツリと『おともだち』が欲しいとおっしゃったように聞こえました…。」



メイドの躊躇った言葉に、トロデは言葉を無くした。



「と、友達とな…。
今までそんなことは一言も言ったことは無かったのにのう。むむむ…。」



さすがにトロデも困ってしまった。
人形や洋服なら買ってあげられるが、『友達』はそうもいかない。

城の子供は親にキツく躾けられているため、誰も姫には近づかない。


トロデはさっき拾った少年を思い出した。
あの少年はミーティアと年は近い。いい遊び相手になるだろう。

だが、どこの子かも分からない上まだ助かるかも分からない。
助かったとしても、彼を娘のそばには置いてはいられない。
まずは少年が意識を取り戻し、身元を確認することが先決だ。



「どうしたものかの…。」



愛する娘にとって、いい選択は無いものかと思案するトロデだった。



(2ページ目に続く)
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