見渡す限りの世界へ

□新しい日々へ
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神父はエイトが目覚めたことを報告ために
トロデがいる、玉座の間へと向かっていた。


トロデはこの2日間、「あの者の容態はどうじゃ?」とエイトの事を気にかけていた。
自分の娘と同じ年頃だった彼を、重ね合わせてしまったのかもしれない。




「失礼します。
陛下、少年が意識を取り戻しました。」



「おお、そうか!
どれどれ、ちと様子を見に行こうかの。」



トロデはピョンッと玉座から飛ぶようにして降りる。
だが、大臣がその行く手を止めた。



「ですが陛下、素性の知れぬ者と顔を合わせるなど…
暗殺者の手先なのかもしれませぬ。
ここは万が一を考え、トムを一緒に連れて行って下され。」



「うーむ。まあ、そうじゃの。
ではトムよ、わしらと一緒について参れ。」



トロデが呼びかけると、どこからとも無く近衛隊長トムがやってきた。



「はは。何かあれば私が陛下をお護りいたします。」


「うむ、ではあの者の顔を見に行くとするかの。」



**********



トロデたちが病室に行くと、エイトはまた眠りについていた。


すーすーと静かな寝息を立てており、初めの頃のような苦しそうな呻き声はもうしない。

少し安心した。



「ぐっすり眠っているようです。
この少年…エイトと言うらしいのですが、かなり過酷な旅をしていたのかもしれません。」



神父は顎鬚をさすりながら言った。

彼が負っていた傷はかなり酷かった。
しかし、化膿しているところがなかったのが幸いだった。
あちこち傷薬を塗って包帯を巻いてある。



トムは彼が着ていた服をよく見てみた。
布団で大部分は隠れているが、見えている肩の部分を見る限り
麻でも綿でも、ましてや絹でもない素材で出来ている。



「この身なり…この辺りの者ではありませぬ。
異国の民族の子供という可能性が強いですな、陛下。」



「わしも長年王として努め、さまざまな者と会ってきたが、
このような格好をしたものは見たことが無いぞ。」




彼は青い単の上から緑色の袍を身につけている。
まるで平安装束の衣冠のようだ。

しかしほとんどが破れてしまっており、土や泥が付いて黄ばんでいる。
特に表袴は引き千切った痕がある。
足に変色した布が巻かれていたところから、おそらく傷の手当に使ったのだろう。




「不思議な子です。
あれほど衰弱し、高熱を出していたなら、まだ意識が戻らなくても当然。
それがたったの2日で、しかもちゃんと話まで出来るようになるとは…
神がこの子を守ってくださったに違いありませんな。」




神父の言葉に、トロデはうむと頷いた。


トロデが知らない隠れた場所に住んでいたのか。
あるいは、相当遠い場所からやってきたのかもしれない。

どっちにしても、一度拾った身。このまま放って置くわけにもいかない。

もしかしたら両親が、血眼になって探しているかもしれない。
一人の親として、もしミーティアがいなくなったら…と考えてみたら気が気でないのだから。



トロデが唸っていると、少年はゆっくり目を開けた。



「おお、目を覚ましてしもうたか。おぬしは運が良かったのう。
わしらが通りかかるのがもう少し遅かったら、危なかったぞ。」



「あ…ありがとう、ございました…」



少年は寝起きだからか、まだ少しボーッとした目でトロデを見ている。
そんな彼にたずねた。



「ところでおぬし、なぜあんなところで行き倒れておったのじゃ?
家族はどうした、おらんのか?」



「家族は、たぶんいないと思います。名前以外、何も思い出せなくて…
どこから来たのかも…分かりません。」



それだけ言うとエイトは目線を布団の上でぐっすり眠っているトーポに落とした。

トロデは腕組みをしてうーんと唸った。



「何も分からんとな、記憶喪失と言うわけか…。
いや、目覚めたばかりで混乱しているのやもしれん。
大変な思いをしたようじゃな。まだこんなに小さいのにの。
しばらくここでゆっくり休んでおれ。話はそれからじゃ。」



そういうと背が低いトロデは、精一杯背伸びをしてエイトの頭をそっとなでた。



『大丈夫、大…夫…。
お…ちゃんがついておる…』


一瞬エイトの頭を何かがよぎった。
誰かが自分の頭を、今みたいに優しくなでてくれた気がする…。

しかしそれは、激痛でどこかに消えてしまった。



「い、痛っ…」



「これはいかん。ほれ、まだ眠っておれ。」



「どこかで頭を打ったのかもしれませんな。
さ、エイトくん。横になって安静にしておきなさい。」



トロデや神父に促され、頭を抱えながらもう一度布団に寝転んでみた。
少しずつ痛みは和らいでいくのがわかる。



「ごめんなさい、ありがとうございます…」



か細い声言うと、3人がいるのと反対の方を向いて頭から布団を被った。

その様子を見たトロデたちは、そっと病室を出ていった。



(今のは何?あれは誰だったの?)



ぎゅっと布団を握り締め、必死に考える。
だがエイトは、何も思い出すことは出来なかった。



**********

トロデは会議室にトムと神父やその他の重臣、大臣を集めた。
彼らはこれからエイトをどうするか、について話し合っている。

緊急のことであったため、重臣たちは迷惑そうな顔をしている。



「トム、あのエイトと言う者…。
おぬしには記憶喪失というのは、芝居に見えたか?」




「よほどの訓練を積んでいるのかもしれませんが…
私には本当のことを言っているように思えました。」


トロデはまたうーむ、と唸った。


トムは人を見極めるのに長けた人物。
彼がそういうなら間違いないだろう、とこの場にいる誰もが納得した。



「しかし、素性の知れん者をこの城に置いておき、見張りも付けないのは
いささか無用心過ぎるでしょう、陛下。
ここは誰か、あの者のそばに見張りを付けて監視せねばなりませんぞ。」



「しかし、それではあの子も落ち着かんだろう。
今はゆっくりさせておくべき、遠目に様子を見るべきだと私めは思います。」




口々に賛否の意見が飛び交う。
すべての意見を聞きながら、トロデはエイトの顔を思い浮かべた。


どこか悲しげで、力の無い目…
とても辛いことがあったのだろう。あの小さな体では抱えきれないほど大きな。


(出来る限りのことをしてやりたいものじゃの…。)


**********




会議が終わり、部屋に戻っているとミーティアがロビーを歩いていた。

ちょうど勉強が終わった後のようだ。



「あ、お父さま。
会議だって聞いてたけど、もう終わったの?」



「うむ、姫も勉強お疲れ様じゃの。
一緒にお茶でもするか?」



「ええ!
じゃあ、早くお部屋に戻りましょう!」


ミーティアは「早く早く!」と急かしながら、父の手を引いて部屋に入った。



**********



温かいティーカップを置くとき、トロデの頭にはさっきの少年…エイトの顔が浮かんだ。

少しずつ紅茶を飲んでいるミーティアを見た。


「のう姫や、もし弟が出来たら…嬉しいか?」



え?とミーティアも同じようにティーカップを置いた。



「嬉しいけど…突然どうしたの?」


「いやいや、ふと思っただけなんじゃ。
姫は気にせんでよいぞ。」



(どうしたものかの。)

と考えながら、ふたたび紅茶を口に含む。

腑に落ちないような態度で、ミーティアはトロデを見ていた。



**********



―数日が過ぎた。




外は雨でどんより暗く、ジメジメしている。
病室にはベットの上で座っているエイトとトロデ、神父、護衛のトムがいた。



「もう熱も下がったし傷も大丈夫ですな。
これからはスープだけでなく、パンや肉も少しずつ食べれるようになるから、もっと元気になるぞ。」



「ありがとうございました、本当にお世話になりました。」



緊張気味に、礼儀正しく深々と頭を下げてエイトは言う。
神父は顔色がすっかり良くなった彼を見て、そっと胸を撫で下ろした。

その様子を見て、トロデは口を開いた。



「エイトよ、おぬしはこれから行く宛てがあるのか?
もうここに居る理由は無いのじゃ、好きなところへ行ってかまわんが…?」



「…いえ、行くところはどこにも無いです。
でも、働くところや住める場所を探します。これ以上ご迷惑はかけれません」



少し俯きながら言った。

こんな小さな子を雇ってくれる場所は少なく、あっても小遣い程度の報酬だろう。
家を探しても、家賃も食費も払えなくなってしまうのは目に見えている。



「ならここに住むがよい!
ここなら飯もある、魔物の心配もないわい。
じゃが、『働かざる者食うべからず』じゃ。タダでと言うわけにはいかん。
ちょうど人手不足なんじゃ、元気になればミッチリ働いて貰おうぞ。
それなら迷惑でも何でもないからな。おぬしが良いなら…どうじゃ?」


はっとエイトは顔を上げる。
トロデは笑顔だが、後ろにいるトムや神父は何かを考えているような顔をしていた。


「や、やります、僕が出来ることなら何でもします。
何も覚えてないけど…これから全部覚えれるように努力します。
どうか…お願いします。」



エイトの返事に、トロデはうんうんと頷いた。



「えらい!さすが姫と同じ年頃じゃ、話が早いのう。
おぬしはこれからわしらの家族じゃ!
ここにいるものは皆、おぬしの味方じゃからな。
今までの事はゆっくりと思い出せばよい。」



「は、はい。よろしくお願いします。」



エイトはもう一度深く頭を下げた。
外はもう、雨が上がって日の光が射していた。


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