見渡す限りの世界へ

□初めまして
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エイトの体調はみるみる回復していき、3週間が経過した。
足の傷も完治し、運動も出来るようになっていた。


今日から仕事が始まる。


城内で働く大勢の者たちの食事はすべてここで作られる。
そのために必要なのは、大量の薪や食材たち。

薪は外で1つ1つ割っていき、厨房まで運ぶのはかなりの重労。
朝食用のパンは小麦を挽くところから始まり、
野菜はすべてキレイに洗って皮を剥き、肉はしっかりと火を通さねばならない。

これらを効率よく行うためには、少しでも人手があった方が良い。
だが、まだ幼いエイトに重労働をさせるのはあまりにも酷だ。
パン作りもコツが必要で、火を使うのも危険。

そうなると、残った作業は芋の皮向きと食器洗いだった。




「ここではたくさんの人の食事を作らんといけねえからな。
さっそくだが、そこの食器を全部洗ってくれ。」




そういって、怖い顔の料理長が指差した先には
積み重ねられた食器が、山のように並べてあった。



「わ、分かりました…」


「最初はゆっくりで構わん。だが、泡はちゃんと洗い流すんだぞ!
やり方は分かるか?」


「はい、大丈夫です。」


「そうか、じゃあ頼んだぞ。」


遠慮気味に答えたエイトを見て、料理長は自分の持ち場に戻っていく。
その様子を見届けて、少し長いTシャツの袖を捲くり上げる。
背が足りないので、踏み台の上に上がってシンクの中を覗いた。



(じゃあまずは、油がついてないのから…)


ふとエイトは顔を上げた。


(あれ。僕、なんでそんなこと分かるんだっけ…?)


不思議な感覚が襲い掛かる。
その正体を突き止めようとしたけれど、また頭に激痛が走り
さっきの感覚が消え去ってしまった。


ブンブンと頭を左右に振って気を取り直し、
捻った蛇口から溢れてくる水で食器を洗い始めた。


すると、後ろの方から女の人の声と子どもの声が聞こえてきた。


「ねえ、何であんまりお姫さまとお話しちゃダメなの?」

「そーだよ。なんで?」


子ども達の問いかけに、女性のため息が漏れた。


「あたしらとあんたらはこの城に"住まわせてもらってる身"なのさ。
そして、姫様はここの一番えらい王様の娘様。
"身分"って言うものが違うんだ。
流れる血が違う。気安く話しかけちゃダメなんだよ。」


母親であろう女性の言葉に、
子ども達は「はーい」と返事をしてどこかへ走り去っていった。





その日の昼。


エイトは食堂の長机の隅で休憩を取っていた。

目の前には焼きたてのパンと牛乳、そして温かい野菜スープが置かれている。
コンソメのいい匂いが食欲をそそる。



「いただきます」と手を合わせて食べ始めると、1人の男が隣にやってきた。
水を飲みに来た兵士だろうか。防具を見につけておりタオルで汗を拭きながら、近づいてくる。



「お前が王様に拾われたってヤツか。
ん?あまり食べていないようだが、もう疲れたのか?」



「ありがとうございます、大丈夫です。」



エイトが返事をする前に、少しムスッとした顔で男はスタスタと
厨房の中へと消えていった。


その様子をトムは見ていた。


「すまんな、最近入ったばかりの奴でイライラしてるんだ。
許してやってくれ。」


「いえいえ、そんな。僕は平気、です。」


「そうか、ありがとな。」


**********



そのころ、ミーティアは1人で廊下を歩いていた。
朝の算数の授業を終えたところだ。
算数が得意ではないミーティアにとって、この授業は退屈でしかない。



「どうして数字さんはあんなにイジワルなの?
足したり引いたり…」



大きく背伸びをして、アプローチへ出る扉を開けた。

ミーティアは外を眺めるのが好きだった。
友達と呼べる相手がいない彼女にとって、流れていく雲や
さまざまな虫や鳥、草花を見るのが楽しみになっていた。

だから休憩の時間はピアノを弾くか、外を眺めるかのどちらかだ。



「今日もきれいな青空ね!
おひさまのひかり、とっても温かいわ…」


(なにかおもしろいこと、ないかな…?)



**********



「はぁ…」


箒を持って廊下を歩きながら、エイトは大きなため息を1つついた。


トロデーンに拾われ、もう長い時間が過ぎた。
未だに一向に彼の記憶が戻る気配はない。

何度か『前にもこんなことがあった気がする』という不思議な感覚に襲われた。
それが何なのかを思い出そうとすると、決まって頭に重い痛みが走る。
何かに阻害されている感覚…

そのせいで、いつも苛立ちや不安を胸に秘めていた。


「トーポ、どうしたら思いだせるのかな…?」


ポケットの中にいるネズミに話しかけた。
トーポはエイトを見て、少し寂しそうな顔をしたように見えた。



箒を元あった場所に戻そうと城内を彷徨っていると、
アプローチへ出るための扉が開いているのが見えた。
虫や動物が入ってくることがあるため、扉は必ず閉めるように言われている。


(誰だろう、開けっ放しにしたの…)



エイトが扉に手をかけたとき、外に誰かの後姿が見えた。

背は自分と同じくらいの女の子。
日の光を浴びてキラキラと輝く、長くて黒い髪が印象的だ。
アプローチから遠くの空を眺めている。
顔は見えないが、少し寂しそうな感じがした。


エイトは、城の人々が口にする人物のことを思い出した。


(きっとお姫様だ…)


確証は無い。だが彼女からは周りの人間とは違う…
独特の気品というものが漂っている。


立場が違いすぎる_

そう思ってエイトはそっと立ち去ろうとした。
が、箒が扉に当たり「カンッ」という大きな音が廊下に響いた。
その音に驚き、少女はビクッとして扉の方へ振り返った。



「だれかいるの?」


少女はそっと扉を開けた。
そこには、驚き目を見開いているエイトがいた。





「あなたはだぁれ?
わたしはミーティア、ここのお姫さまなの。」



彼女は不思議そうな、でもどこか好奇心あり気な目でエイトを見つめていた。


「えっと…
は、始めましてミーティア姫さま。
1ヶ月くらい前からここで働かせてもらっている、エイトと言いますっ」


急いで手に持っていた箒を置き、頭を下げた。
ミーティアはそんな彼を見てニッコリ笑った。


「エイト…ね!
ねぇエイト、ミーティアとおしゃべりしましょう!
ミーティアは今とっても退屈なの、いいでしょ?」



矢次早にたずねてくるミーティアに戸惑いながら
思いつく限り丁寧な言葉を選んでいた。


今エイトには終わらせなければいけない仕事が残っている。
しかし、もし終わっていても彼女の誘いを受けるわけには行かない。
自分は住み込みで働いている身、そして目の前にいるのは一国の王女。

前の親子の会話が頭をよぎる。

『"身分"って言うものが違うんだ。』

こんな風に、気軽に話をして良いはずがない。


「で、でも…
僕、まだ仕事残っていますから…」


「そのことなら気にしなくていいわ。
ミーティアがちゃんと皆に言ってあげるから!
さあ、こっちよ!」


「ちょっ…!」


そう言うと、エイトの言葉をさえぎって
ミーティアは小さな手でエイトの手首を掴み、階段を1段ずつ駆け下りていった。


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