DY小説
□”ありがとう”とそれから…
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アスランにまたチェスで負けた。
その前は確か、乗馬で。
それだけじゃない。
この間の試験の成績だって、奴の方が上だった。
ただ勝負に負けるだけならまだいい。
オレが一番気に食わないのは、アスランのあのすました顔だ。
まるで、当然の結果だと語っているようで。
隣で見ているニコルもアスランが勝って当然のような表情を仕向けてくる。
依怙地になっているのがオレだけのようで余計に腹が立つ。
そして今日もまた、
悔しさと、二人との温度差に耐え切れず、アスランの部屋を飛び出した。
自分の部屋に戻ったが、今日はしんと静まっていて誰も居ない。
物に当たるのは悪い癖だとわかっているが、腹の虫はどうしても抑えられない。
「…くそっ、アスランめ…。」
デスクの上の物を手当たり次第に払いのけると、文具や本、綺麗に揃えてあった書類の束が床に散らばる。それを見てさらにむしゃくしゃして、小さく舌打ちをする。
すると、そのタイミングで部屋のドアが開いた。
「はあ、ただいまー。」
いつものような気の抜けた声を出して、ルームメイトのディアッカが部屋に入ってきた。
オレとアスランがチェスの勝負をしている間、ディアッカはよくミゲルやラスティーと騒いでいる。
彼らとの野郎会がお開きになって帰ってきたのか。
ディアッカは部屋の様子を見て、小さくため息を吐いた。
「…あーあ。
またこんなに散らかして。
片づける俺の身にもなってよね。」
「うるさいっ!
そんなもの頼んだ覚えはない!」
「だって、俺がやらなきゃ、イザークやらないでしょ?」
「…っ。」
痛い所を突かれて言葉に詰まる。
「…で、今日はどうしたんだ?」
僅かな沈黙はディアッカの一言によって破られる。
オレがこんなに苛立っている理由なんて一つしかないのに。
コイツもそれをわかっているだろうに。
悔しいけれど、正直に答えるしかない。
「…アスランにチェスで負けた…っ。」
「はあ。やっぱり。」
「やっぱりとは何だ!?」
「ご、ごめん。」
「…くそっ!」
わかってはいたが、
ディアッカまでもがオレを負け犬扱いするので、一瞬落ち着いた腹の虫は再び疼いた。
乱暴に椅子を引き、そのままどっと腰を下ろす。
腹が立っている時の癖で自分のデスクを手の甲で叩こうとしたら、ディアッカに手を引かれた。
「な…、何だ…?!」
「あーもう。お前また、手怪我してんじゃん。
どうせまた壁でも思い切り殴ってたんだろ、そのうち壁に穴が開くぜ?」
「うるさいっ。そのくらいの力加減くらい出来るわっ!」
「はいはい。ほら、手出して。」
「…、……。」
ディアッカは先ほどオレが床に散らかした諸々を避けながら救急箱を持ってくると、オレの手を少し強引に引き、慣れた手つきでオレの手の軽い擦り傷と打撲を手当てする。
これももう何度目の事だろうか。
「…っ…。」
「あ、痛い?」
「こ、このくらい、平気に決まっているだろっ!」
「自分で物に当たっておいて平気じゃなかったらどうするんだよ。
我慢してよね。多分シャワーのお湯とかも染みると思うけど。」
不機嫌なオレをよそに、コイツはいつもの明るい口調で話しながら、器用にオレの手に包帯を巻いて、最後にポンポンとオレの手を軽く叩いた。
「はいっ、完了っと。
次からは気を付けろよ?」
「…。」
ディアッカは立ち上がって救急箱を元の場所に仕舞うと、この狭い部屋を見渡した。
「…さて、誰かサンが散らかした俺の部屋でも片付けますかあ。」
少し嫌味っぽくそう言い、ちらっとこちらに目を向けて微笑んでから、
一人で床に散らばる書類をかき集め始めた。
「…コレは確かココで…。
えっと、コレはあっちで…。」
と、独り言を呟きながら、片手に書類の束を抱え、もう片方の手で床に散乱した文具や衣類をひとつずつ元あった場所に戻してゆく。
「…。」